カテゴリー別アーカイブ: Town

ある公務員のランチ修行の終焉 

「沼津のランチを88箇所めぐる美食のお遍路」というミッションを2011年に始めた沼津市役所の職員がいる。
そのラストを飾る88箇所目に立ち会った。

沼津の新仲見世商店街を歩き、昭和10年に開店したケルンという喫茶店へ。

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三澤和也さんは昼食の後にお店の紹介をtwitterで書き込み、2013年からfacebookのページで報告をしてきた。

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40年前から続く心地よさ~梅邑Bar~

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沼津銀座に店を構えて40年以上、知る人ぞ知る名店といえばバー梅邑(うめむら)である。
まさに隠れ家といった入り口を開けると2階に続く階段、2階に上がるとやや暗めの照明にバーカウンター、テーブル席も2つ、こじんまりとしたなかにどこか歴史の重みを感じさせるお店である。

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カフェの役割~ひねもすカフェ~

沼津駅から港の方へ歩いて行く。
スルガ銀行本店の裏路地を入ってくと蔵があり、
ひねもすカフェがある。

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店の前には野菜が干してあったり、
外壁にはイラスト。
ただならぬ雰囲気を醸し出している。

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心が豊かになる空間を~アルゴンキン店~

川沿いに並ぶ住宅の中に緑の多い門構えのお家?と思ってしまいそうな一軒家。
そこがCafe & handcrafts アルゴンキン店。
バーナーガラス作家、高山あす香さんが一人で切り盛りしているガラス工房を併設した小さなカフェだ。
靴を脱いで店内へ入るというなんだか友達のところに遊びに来たような感覚で寛ぐことができる空間が広がっている。

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TOWN MAP

海と空と光と食とおもてなしの心 ~Sushi dining 志摩津~

千本浜沿いを歩くと海岸のすぐそばにSushi dining 志摩津がある。
このお店は海を見ながら寿司を食べられる所として、地元はもちろん県外からの方からも支持をされている。

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店主の島津英希さんは、東京で修業をされ平成元年、22歳の時に沼津に戻り街なかで20席のほどの寿司屋を始めた。
そして魅力ある海岸線沿いに海を眺めるお店が他にないことから、海沿いにSushi diningを創ることにした。
今から17年前のことだ。
水が見え、穏やかな気持ちになり、人を和ませることができる場所。

その当時、国内の個人旅行がより注目されていた。
旅する方々に沼津の環境を活かした場所で食を通じて、この地域を満足をしてもらえる場所にしたかったそうだ。

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毎日、海を見ているとこの地域の気候の良さを改めて感じる。
天候のおかげでもたらせる恵まれた食材。

寿司と新鮮な素材を生かした滋味深い料理。

そんな料理を沼津自慢フェスタ・THIS IS NUMAZUのセンターテーブル3日目でも味わうことができる。

今回このイベントに参加するにあたり、自分たちだけがTHIS IS NUMAZUではないと島津さんは語られた。

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『沼津=寿司』

このイメージををつくった諸先輩方。

双葉寿司さんの先代は街中で屋台で寿司屋を始められ、港に店舗を構えてお客様に支持をされていった。
他にも多くの先輩方が人を育て、そしてお店が集まり寿司は沼津の文化になっていく。

島津さんは、お客さまを満足させ続けている先輩方に敬意を抱いていた。

「では自分たちの世代ができることってなんなのか?
 文化をつなぐこと。
 そして若い人たちにも夢を持ってもらいたい。」

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普段からお客さまと接するときは沼津市民代表として話すという島津さん。
恵まれた環境に誇りを持ち、地域に来て頂いた方におもてなしを持って接すること。
普段からやられていることの延長上にこのTHIS IS NUMAZUはある。

そんな沼津の先輩方から引き継がれた文化がProud Numazuとなりその想いが集まり沼津自慢フェスタは創られていく。

Sushi dining 志摩津

〒410-0849 静岡県沼津市千本郷林1907-155
TEL.055-963-6760
[定休日]  月曜日
http://www.sushishimazu.com/

うさぎがつなぐ物語 ~PIOONプロジェクト~ 

クレマチスの丘のでヴァンジ彫刻庭園美術館で「イケムラレイコ PIOON(ぴよ~ん)」展がはじまった。

ベルリンとケルンを拠点に活動を行うイケムラレイコさんのヴァンジ彫刻庭園美術館にて8年ぶりの個展だ。
90年代に制作された彫刻から、全長3.4メートルにおよぶ信楽焼のうさぎ観音まで、
数多くのうさぎがあらわれる。
イケムラレイコのうさぎが紡ぐ美術館と庭園をめぐる物語。

このうさぎ観音は、東日本大震災以降の被災地に住む人々、そこで暮らす動物たちへの想いが直接のテーマとなっているそうだ。
イケムラさんは東京とベルリンを往復しながら、東北や日本に対して自分にも何かできないか考えこの作品の制作に取り掛かった。
出来上がった作品を福島に置いて頂く事も考えたそうだが、輸送や受け入れ先の問題もあり実現には現段階では難しかった。

そこで、この作品をヴァンジ彫刻庭園美術館で展示することになった。

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【写真提供:ヴァンジ彫刻庭園美術館】

イケムラさんの想いが美術館に溢れる。

美術館の副館長である岡野さんは、この想いをクレマチスの丘だけに留めておいてはいけないと思ったそうだ。
作家の想いを美術館で表現し、そしての外にも発信するのが美術館の役割ではないかと。

そして、PIOONプロジェクト ~うさぎがつなぐ東日本復興支援チャリティ~が始動することになった。

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【写真提供:ヴァンジ彫刻庭園美術館】

このプロジェクトは静岡県東部のカフェやレストラン、雑貨店、ホテルなどの12か所の店舗にて、イケムラさんの想いに賛同するさまざまなアーティストの作品を展示する。
そこに参加するアーティストがプロデュースする限定品や“PIOONバッジ”を販売し、制作費を除く売上金を東日本復興支援として寄付をしていく。

このように美術館から作品が地域に出ていくことはヴァンジ彫刻庭園美術館では初めての試みだそうだ。
美術館にとって、自分たちができること、そして可能性を考えた。

一件一件、学芸員がお店に行きコンセプトを確認しながら、お店の雰囲気にあったものを展示する打ち合わせをした。

Lot.nではベルナール・ビュフェ美術館にて21世紀アートプロジェクトとしてFour Songs展を開催している美術作家・佐々木愛さんが4月22日から制作することになった。

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砂糖と卵白でつくられた素材で線を重ねて模様を作っていった。
シュガードローイングというそうだ。
とても細かい作業。

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5日間作業が行われ、「はじまりの舟」という作品が完成した。
Lot.nのテーマの一つである狩野川の名前の由来が「軽野船」からきている事を聞きイメージを膨らませたそうだ。

「ここは、いろいろな人が集う場所なので、この森を運ぶ船の絵を多くの方に楽しんで頂ければと思います。
作品が昔あの場所から旅立った舟のように、さまざまな出会いのはじまりのひとつになれたらうれしいです。」
と佐々木さんから作品についてコメントを頂いた。

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そして店舗内には缶バッジにもなっている佐々木さんの「眠りうさぎ」の絵画が展示されている。

同じ商店街では、八百屋のREFSに杉戸洋さんの作品、洋服店のC-threeには持塚三樹さん、レストランのOPERAには岩崎有加さんの作品を見ることができる。

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企画をした岡野さんは、はじめてこの地域の街に作品が出たのを見て、やはり作家の力は強いと感じたそうだ。
「クレマチスの丘がオープンし12年経ち、やりたいことがまた一つ出来た。そしてこの取り組みを次につなげたい」
と語られた。

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【ヴァンジ彫刻庭園美術館のスタッフのみなさん】

アートの力が美術館の外に溢れること。
それは素晴らしい文化が地域に広がる事になる。

クレマチスの丘で美術館に行ったあと、地域に飛び出したアートのPIOONプロジェクトの作品をめぐる三島と沼津の散歩もおすすめだ。
そして、ぜひ各店舗で300円の“PIOONバッジ”も手にぜひ手に入れて頂きたい。

PIOONプロジェクト
http://www.pioon.info/project/

川を眺めながら心地よい音のあった場所~THE BLUE WATER~

窓の外には流れる川。
そこには気持ちよい風が流れる。
その川に面するように“ブルーウォーター”というお店。

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初代オーナーの天野さんは
学校を卒業すると洋服屋で働きはじめた。
今でいうセレクトショップのようなお店。
とてもよく売れる店だった。だが、お客さんたちからこんな声を聞くようになる。

“たくさん買うのはいいけれど着て行くところがない”

服は人を意識するところから始まる。

それから月一で近くの飲食店を借りパーティーを開く事にした。
ネクタイやジャケットなどドレスコードを決めて。

そんな時、毎回場所を探してやるのではなく新しいお店を作ろうということになった。
だったら、飲食店もやってしまおう!
ライフスタイルを提案する場をつくっていくことに。

その決意から会社を辞め飲食店にノウハウを学びに修行に出た。
そして1年後、仲間とカフェとアパレルを融合した店をオープンさせたのだ。
今でこそカフェとアパレルや雑貨が同じ場所にあるスタイルはなじみがあるが
その当時はそんな店はなかった。

そんな中、シェフは雇っていたのだが
ある日突然シェフが来なかった。
だが予約は入ってるし、お店を開ける限りお客さんは来てしまう。
そこで天野さんがメインでキッチンを担当することになる。

その時に、魚屋に魚のさばき方を習いに行ったり、八百屋に野菜のことを聞きに行ったりした。
そうして2年くらいがったたのだが、もともとコックになりたかったわけじゃないということで、その店から離れ自分の店を創る決意を持つ。

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最初は飲食店から、そして次のステップで物販をしようと決めていた。
店舗を探すとき、一番大事することを“環境”と決めた。
普通だったら人通りの多さや設備などを第一優先にするかもしれない。

そうではなく“自分の家を探すような感覚”で。

一瞬いる場所ならいい。でも長居をする場所だからこそ気持ちの良い空間でありたい。
だから何よりも窓から見える景色など環境を重視した。

場所探しは神奈川を中心に1年以上かけた。
なかなか見つからない中、親戚の紹介で今の物件を紹介された。
沼津もあんまりピンとこないし、親戚の紹介だし、でもとりあえず見ることに。
案の定、建物はボロボロ、天井は低いは階段は錆びている。

改装前

だが、中に入っていくと大きな窓の外に川がドーンと。
その景色を見た瞬間“ここでやってみよう”と思ったそう。

狩野川のようにゆらゆらと水が湛えている川は数少ない。

昔の狩野川

川が見え、空が抜ける。
マーケティングは一切しなかった。
地元の人たちがその良さを共感してくれなかったら辞めよう。
そうして、15年前ブルーウォーターが出来上がった。

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名前の由来は、沼津の川の近くで店を構えたからではない。
身近にある自然で子供が覚えられる英単語にしたかったそう。
水辺で、ブルーにイルミネーションされた川のほとりに店を構えることになったのは素敵な偶然だ。

ブルーウォータは、家具や人そしてモノが出来るだけシンプルな内装から始まった。
数多くの商品やおいしい料理、そして働くスタッフの皆さんで笑顔で彩られていた。

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ひときわ目立つ木があった。
夏の間は窓を開けている。
正直暑い。だが風はある。
夏らしい空気感と時折涼しく癒してくれる風を感じれる。
風は何かがなければ見えない。
葉っぱが揺れることで風は見えるようになる。
“何かを置くと見えるようになる。そういう発想が好きなんだ。
人もそうでしょう。自分だけで頑張るよりほかの人と協力したりすることでその人の功績が見えてきたり”

風、そして川、山の景色。
それはぼーっとすることを許してくれる。
本を読むでもなく、心地よいBGMとともに。

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心地よい生活に必要な条件。
それは“おいしいもの” “人” “モノ”
そして“いい音楽”。

その音楽を天野さんセレクトで全国から呼んでいた。
評判や下調べは必要ない“心地よさ”が約束された音楽だ。
東京でもなかなかチケットの取れないアーティストも来た。
天野さんの人脈や今までの経験、そしてなんといってもこの“場所”

『かけがえのない時間に、「今度」や「また」や「そのうち」はないと思います。
新しい価値体系や新しい目線を手に入れることが、日々の充実感や充足感を作るんだと信じています。
少しだけ手を伸ばす、少しだけ踏み出す。
そんな行為の先に、未来を作るピースが待ってると思います。』
と天野さんはかつて言われていた。

こんなにも恵まれた場所だから
こんなにも自分を大切にする時間があってもいいような気がする。
それはブルーウォーターという場所が教えてくれた。
“未知の未体験のものも取り入れようとする勇気を身に着けてもらいたい”
川を眺めながら、おいしい食事と音楽を聴きに行く日が
生活の一部になるともっと我々の生活や地域に愛着を持てるかもしれない。

≪THE BULE WATER≫
沼津市魚町15
http://www.the-bluewater.co.jp/


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着物をもっと身近に~しらかべ衣料百貨店~

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創業95年のしらかべ衣料百貨店は昭和34年から現在の上土町で営業している。
当時は着物に限らず、婦人服や紳士服などの洋服や服地などフロアごとに販売をしていた。
4階建ての建物はまさに百貨店と呼べる様子であったが、10年前から呉服専門店として営業している。

“専門店として力を集約することによって生き残っていこうと思ったんです”

副社長の白壁忠孝さんは語る。

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着物は安い買い物ではない、だからゆっくり考えてほしい。
ただ着物を売るのではなくて、店員との会話を楽しんでほしい、分からないことがあればなんでも聞いてほしいと白壁さんは言う。

“着物という性格上、人生の節目に購入されるお客様も多い。だから、長いお付き合いができたらいいと思うんです”

しらかべには家族で訪れるお客さんも多い。
七五三や成人式などといった人生の節目に着物を購入する。
それは親から子へ、祖父母から孫へ、愛情の表現として家族の絆の証として一生残るものである。
そういったある種の記念日に立ち会うこと、一緒に祝うことを白壁さんは自身の喜びと捉えている。

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“着物が好きという方は結構いるんです。そういった方のためにも入りやすい店づくりをしていかないといけないんです”

しらかべでは定期的に着付教室やお手入れ無料相談会などを行うなどして着物全般のフォローをしている。

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店内の一部を使い着物にちなんだ版画やパッチワークなどの作品を展示しているのもより身近に着物を感じてほしいという想いからだ。
目指すは敷居の高い呉服屋ではなく、もっと気軽に着物の相談ができる店。

“ここだけの話ですけど、男性も着物を来て飲み屋とかに行くんですよ。そうすると女性の反応が全然違いますからね。一度試してみてください(笑)”

笑顔でマル秘テクニックを教えてくれる白壁さん。
なるほど、一度試してみようかという気分になるから不思議である。
特別な日から普段使いまで様々な用途に応える着物とその専門店。
日本の文化は思った以上に身近なところで支えられている。

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≪しらかべ衣料百貨店≫
沼津市上土町48
TEL:055-962-1995

沼津ソウルフード:愛され続ける惣菜パン~桃屋~

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“もともとはお肉屋さんでメンチなど販売していたのを主人がパンにはさんで売るようになったんです”

インタビューに答えていただいたのは桃屋の内田耀子さん。
沼津に欠かせないソウルフード、桃屋の惣菜パンは東京オリンピックが行われた昭和39年に生まれた。
その発想の原点は映画だったという。

映画館が多かった当時の沼津で少年時代を過ごしたご主人は大好きな映画の中に出てくるターザンやロビンフッドといったヒーローたちが焚火にあたりながら食事をとる風景を観て、惣菜をパンにはさめばアウトドアでも食べることができると思ったそうだ。
初めはハンバーガーのバンズのような形のパンを使っていたが学生のお腹をいっぱいにさせてあげたいと思いコッペパンに変えた。

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“コロッケをパンにはさんだだけだとむせてしまうので和風の甘いたれを作ったんです”

こうして現在まで変わることない桃屋の惣菜パンが完成した。
一見・・・、いやよく見ても素朴。

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その人気は幅広く、地元の沼津市民はもちろんなぜか県外からのお客さんも来る。
桃屋の惣菜パンを持って狩野川や千本浜へ行くというシチュエーションは沼津ではよくある風景である。

小さいころに親に連れられてよく食べていた、学生時代お腹が減ってはよく買っていた、そんな思い出をそのままに大人になっても通う常連客も多い。
親子三代に渡って桃屋のファンという方もいるそうだ。
カツサンド、メンチカツサンド、お好みサンドなど人気はやはりお店独自の甘いたれ。
これが病みつきになるから不思議だ。

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“週末とか多い時は1000~1100個売れます。もう油まみれになりますよ”

耀子さんもまさか自分が桃屋に嫁いで、惣菜パンを作るとは思っていなかったそうだ。
近所のデパートガールとして働いていた耀子さん、桃屋の惣菜パンが好きでよく買いに来ていたところ、ご主人から猛烈なアプローチを受けたという。

“あまりにもしつこくて、とうとう断りきれないで、お嫁に来てしまいました(笑)”

家族で守る桃屋の味、決して変わらないその味には多くの思い出が詰まっている。

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桃屋の惣菜パンを持って沼津の街を歩く。

それは沼津の“今”の物語につながる。
そして、良き時代の物語を多くの人は思い出す。

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≪桃屋≫
沼津市町方町5
TEL:055-962-7824