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うさぎがつなぐ物語 ~PIOONプロジェクト~ 

クレマチスの丘のでヴァンジ彫刻庭園美術館で「イケムラレイコ PIOON(ぴよ~ん)」展がはじまった。

ベルリンとケルンを拠点に活動を行うイケムラレイコさんのヴァンジ彫刻庭園美術館にて8年ぶりの個展だ。
90年代に制作された彫刻から、全長3.4メートルにおよぶ信楽焼のうさぎ観音まで、
数多くのうさぎがあらわれる。
イケムラレイコのうさぎが紡ぐ美術館と庭園をめぐる物語。

このうさぎ観音は、東日本大震災以降の被災地に住む人々、そこで暮らす動物たちへの想いが直接のテーマとなっているそうだ。
イケムラさんは東京とベルリンを往復しながら、東北や日本に対して自分にも何かできないか考えこの作品の制作に取り掛かった。
出来上がった作品を福島に置いて頂く事も考えたそうだが、輸送や受け入れ先の問題もあり実現には現段階では難しかった。

そこで、この作品をヴァンジ彫刻庭園美術館で展示することになった。

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【写真提供:ヴァンジ彫刻庭園美術館】

イケムラさんの想いが美術館に溢れる。

美術館の副館長である岡野さんは、この想いをクレマチスの丘だけに留めておいてはいけないと思ったそうだ。
作家の想いを美術館で表現し、そしての外にも発信するのが美術館の役割ではないかと。

そして、PIOONプロジェクト ~うさぎがつなぐ東日本復興支援チャリティ~が始動することになった。

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【写真提供:ヴァンジ彫刻庭園美術館】

このプロジェクトは静岡県東部のカフェやレストラン、雑貨店、ホテルなどの12か所の店舗にて、イケムラさんの想いに賛同するさまざまなアーティストの作品を展示する。
そこに参加するアーティストがプロデュースする限定品や“PIOONバッジ”を販売し、制作費を除く売上金を東日本復興支援として寄付をしていく。

このように美術館から作品が地域に出ていくことはヴァンジ彫刻庭園美術館では初めての試みだそうだ。
美術館にとって、自分たちができること、そして可能性を考えた。

一件一件、学芸員がお店に行きコンセプトを確認しながら、お店の雰囲気にあったものを展示する打ち合わせをした。

Lot.nではベルナール・ビュフェ美術館にて21世紀アートプロジェクトとしてFour Songs展を開催している美術作家・佐々木愛さんが4月22日から制作することになった。

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砂糖と卵白でつくられた素材で線を重ねて模様を作っていった。
シュガードローイングというそうだ。
とても細かい作業。

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5日間作業が行われ、「はじまりの舟」という作品が完成した。
Lot.nのテーマの一つである狩野川の名前の由来が「軽野船」からきている事を聞きイメージを膨らませたそうだ。

「ここは、いろいろな人が集う場所なので、この森を運ぶ船の絵を多くの方に楽しんで頂ければと思います。
作品が昔あの場所から旅立った舟のように、さまざまな出会いのはじまりのひとつになれたらうれしいです。」
と佐々木さんから作品についてコメントを頂いた。

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そして店舗内には缶バッジにもなっている佐々木さんの「眠りうさぎ」の絵画が展示されている。

同じ商店街では、八百屋のREFSに杉戸洋さんの作品、洋服店のC-threeには持塚三樹さん、レストランのOPERAには岩崎有加さんの作品を見ることができる。

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企画をした岡野さんは、はじめてこの地域の街に作品が出たのを見て、やはり作家の力は強いと感じたそうだ。
「クレマチスの丘がオープンし12年経ち、やりたいことがまた一つ出来た。そしてこの取り組みを次につなげたい」
と語られた。

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【ヴァンジ彫刻庭園美術館のスタッフのみなさん】

アートの力が美術館の外に溢れること。
それは素晴らしい文化が地域に広がる事になる。

クレマチスの丘で美術館に行ったあと、地域に飛び出したアートのPIOONプロジェクトの作品をめぐる三島と沼津の散歩もおすすめだ。
そして、ぜひ各店舗で300円の“PIOONバッジ”も手にぜひ手に入れて頂きたい。

PIOONプロジェクト
http://www.pioon.info/project/

川を眺めながら心地よい音のあった場所~THE BLUE WATER~

窓の外には流れる川。
そこには気持ちよい風が流れる。
その川に面するように“ブルーウォーター”というお店。

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初代オーナーの天野さんは
学校を卒業すると洋服屋で働きはじめた。
今でいうセレクトショップのようなお店。
とてもよく売れる店だった。だが、お客さんたちからこんな声を聞くようになる。

“たくさん買うのはいいけれど着て行くところがない”

服は人を意識するところから始まる。

それから月一で近くの飲食店を借りパーティーを開く事にした。
ネクタイやジャケットなどドレスコードを決めて。

そんな時、毎回場所を探してやるのではなく新しいお店を作ろうということになった。
だったら、飲食店もやってしまおう!
ライフスタイルを提案する場をつくっていくことに。

その決意から会社を辞め飲食店にノウハウを学びに修行に出た。
そして1年後、仲間とカフェとアパレルを融合した店をオープンさせたのだ。
今でこそカフェとアパレルや雑貨が同じ場所にあるスタイルはなじみがあるが
その当時はそんな店はなかった。

そんな中、シェフは雇っていたのだが
ある日突然シェフが来なかった。
だが予約は入ってるし、お店を開ける限りお客さんは来てしまう。
そこで天野さんがメインでキッチンを担当することになる。

その時に、魚屋に魚のさばき方を習いに行ったり、八百屋に野菜のことを聞きに行ったりした。
そうして2年くらいがったたのだが、もともとコックになりたかったわけじゃないということで、その店から離れ自分の店を創る決意を持つ。

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最初は飲食店から、そして次のステップで物販をしようと決めていた。
店舗を探すとき、一番大事することを“環境”と決めた。
普通だったら人通りの多さや設備などを第一優先にするかもしれない。

そうではなく“自分の家を探すような感覚”で。

一瞬いる場所ならいい。でも長居をする場所だからこそ気持ちの良い空間でありたい。
だから何よりも窓から見える景色など環境を重視した。

場所探しは神奈川を中心に1年以上かけた。
なかなか見つからない中、親戚の紹介で今の物件を紹介された。
沼津もあんまりピンとこないし、親戚の紹介だし、でもとりあえず見ることに。
案の定、建物はボロボロ、天井は低いは階段は錆びている。

改装前

だが、中に入っていくと大きな窓の外に川がドーンと。
その景色を見た瞬間“ここでやってみよう”と思ったそう。

狩野川のようにゆらゆらと水が湛えている川は数少ない。

昔の狩野川

川が見え、空が抜ける。
マーケティングは一切しなかった。
地元の人たちがその良さを共感してくれなかったら辞めよう。
そうして、15年前ブルーウォーターが出来上がった。

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名前の由来は、沼津の川の近くで店を構えたからではない。
身近にある自然で子供が覚えられる英単語にしたかったそう。
水辺で、ブルーにイルミネーションされた川のほとりに店を構えることになったのは素敵な偶然だ。

ブルーウォータは、家具や人そしてモノが出来るだけシンプルな内装から始まった。
数多くの商品やおいしい料理、そして働くスタッフの皆さんで笑顔で彩られていた。

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ひときわ目立つ木があった。
夏の間は窓を開けている。
正直暑い。だが風はある。
夏らしい空気感と時折涼しく癒してくれる風を感じれる。
風は何かがなければ見えない。
葉っぱが揺れることで風は見えるようになる。
“何かを置くと見えるようになる。そういう発想が好きなんだ。
人もそうでしょう。自分だけで頑張るよりほかの人と協力したりすることでその人の功績が見えてきたり”

風、そして川、山の景色。
それはぼーっとすることを許してくれる。
本を読むでもなく、心地よいBGMとともに。

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心地よい生活に必要な条件。
それは“おいしいもの” “人” “モノ”
そして“いい音楽”。

その音楽を天野さんセレクトで全国から呼んでいた。
評判や下調べは必要ない“心地よさ”が約束された音楽だ。
東京でもなかなかチケットの取れないアーティストも来た。
天野さんの人脈や今までの経験、そしてなんといってもこの“場所”

『かけがえのない時間に、「今度」や「また」や「そのうち」はないと思います。
新しい価値体系や新しい目線を手に入れることが、日々の充実感や充足感を作るんだと信じています。
少しだけ手を伸ばす、少しだけ踏み出す。
そんな行為の先に、未来を作るピースが待ってると思います。』
と天野さんはかつて言われていた。

こんなにも恵まれた場所だから
こんなにも自分を大切にする時間があってもいいような気がする。
それはブルーウォーターという場所が教えてくれた。
“未知の未体験のものも取り入れようとする勇気を身に着けてもらいたい”
川を眺めながら、おいしい食事と音楽を聴きに行く日が
生活の一部になるともっと我々の生活や地域に愛着を持てるかもしれない。

≪THE BULE WATER≫
沼津市魚町15
http://www.the-bluewater.co.jp/


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着物をもっと身近に~しらかべ衣料百貨店~

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創業95年のしらかべ衣料百貨店は昭和34年から現在の上土町で営業している。
当時は着物に限らず、婦人服や紳士服などの洋服や服地などフロアごとに販売をしていた。
4階建ての建物はまさに百貨店と呼べる様子であったが、10年前から呉服専門店として営業している。

“専門店として力を集約することによって生き残っていこうと思ったんです”

副社長の白壁忠孝さんは語る。

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着物は安い買い物ではない、だからゆっくり考えてほしい。
ただ着物を売るのではなくて、店員との会話を楽しんでほしい、分からないことがあればなんでも聞いてほしいと白壁さんは言う。

“着物という性格上、人生の節目に購入されるお客様も多い。だから、長いお付き合いができたらいいと思うんです”

しらかべには家族で訪れるお客さんも多い。
七五三や成人式などといった人生の節目に着物を購入する。
それは親から子へ、祖父母から孫へ、愛情の表現として家族の絆の証として一生残るものである。
そういったある種の記念日に立ち会うこと、一緒に祝うことを白壁さんは自身の喜びと捉えている。

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“着物が好きという方は結構いるんです。そういった方のためにも入りやすい店づくりをしていかないといけないんです”

しらかべでは定期的に着付教室やお手入れ無料相談会などを行うなどして着物全般のフォローをしている。

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店内の一部を使い着物にちなんだ版画やパッチワークなどの作品を展示しているのもより身近に着物を感じてほしいという想いからだ。
目指すは敷居の高い呉服屋ではなく、もっと気軽に着物の相談ができる店。

“ここだけの話ですけど、男性も着物を来て飲み屋とかに行くんですよ。そうすると女性の反応が全然違いますからね。一度試してみてください(笑)”

笑顔でマル秘テクニックを教えてくれる白壁さん。
なるほど、一度試してみようかという気分になるから不思議である。
特別な日から普段使いまで様々な用途に応える着物とその専門店。
日本の文化は思った以上に身近なところで支えられている。

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≪しらかべ衣料百貨店≫
沼津市上土町48
TEL:055-962-1995

沼津ソウルフード:愛され続ける惣菜パン~桃屋~

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“もともとはお肉屋さんでメンチなど販売していたのを主人がパンにはさんで売るようになったんです”

インタビューに答えていただいたのは桃屋の内田耀子さん。
沼津に欠かせないソウルフード、桃屋の惣菜パンは東京オリンピックが行われた昭和39年に生まれた。
その発想の原点は映画だったという。

映画館が多かった当時の沼津で少年時代を過ごしたご主人は大好きな映画の中に出てくるターザンやロビンフッドといったヒーローたちが焚火にあたりながら食事をとる風景を観て、惣菜をパンにはさめばアウトドアでも食べることができると思ったそうだ。
初めはハンバーガーのバンズのような形のパンを使っていたが学生のお腹をいっぱいにさせてあげたいと思いコッペパンに変えた。

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“コロッケをパンにはさんだだけだとむせてしまうので和風の甘いたれを作ったんです”

こうして現在まで変わることない桃屋の惣菜パンが完成した。
一見・・・、いやよく見ても素朴。

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その人気は幅広く、地元の沼津市民はもちろんなぜか県外からのお客さんも来る。
桃屋の惣菜パンを持って狩野川や千本浜へ行くというシチュエーションは沼津ではよくある風景である。

小さいころに親に連れられてよく食べていた、学生時代お腹が減ってはよく買っていた、そんな思い出をそのままに大人になっても通う常連客も多い。
親子三代に渡って桃屋のファンという方もいるそうだ。
カツサンド、メンチカツサンド、お好みサンドなど人気はやはりお店独自の甘いたれ。
これが病みつきになるから不思議だ。

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“週末とか多い時は1000~1100個売れます。もう油まみれになりますよ”

耀子さんもまさか自分が桃屋に嫁いで、惣菜パンを作るとは思っていなかったそうだ。
近所のデパートガールとして働いていた耀子さん、桃屋の惣菜パンが好きでよく買いに来ていたところ、ご主人から猛烈なアプローチを受けたという。

“あまりにもしつこくて、とうとう断りきれないで、お嫁に来てしまいました(笑)”

家族で守る桃屋の味、決して変わらないその味には多くの思い出が詰まっている。

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桃屋の惣菜パンを持って沼津の街を歩く。

それは沼津の“今”の物語につながる。
そして、良き時代の物語を多くの人は思い出す。

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≪桃屋≫
沼津市町方町5
TEL:055-962-7824

楽しむパワー~上土おかみさん会~

沼津駅南口からまっすぐ約10分歩くと現れるのは上土商店街。
毎月15日にはここで5年前から“稲荷市”が開催されている。

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実は45年前、毎月25日と26日に開かれていたとのこと。
稲荷市では各店の前で自分の商品じゃないものを売っていた。
“まるでキツネが化かすように”呉服屋では大根が、お菓子屋で衣類といったふうに。

この稲荷市を復活させた立役者、それが上土商店街の“あげつちおかみさん会”なのだ。
今回、インタビューを市川さんと内田さん、そして過去の写真提供を辻さんにご協力いただいた。

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→左が内田さん、右が市川さん

上土おかみさん会は発足して今年で20年になる。
浅草おかみさん会の富永会長が沼津に講演に来た際に上土商店街にもおかみさん会を作ろうとうことになったそう。
富永会長の“奥さんといって奥にいるのは違う。おかみさんといって前に出るのよ”という言葉。

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奥さん同士が集まって何かできないか。
この日から、おかみさんたちは、おかみさんたちならではの方法で上土商店街を盛り上げていくことになる。

まずは資金集め、ということでガレージセールや夏祭りなどでフリーマーケットを開催。
徐々に、クリスマスコンサートやビアガーデンをやることになる。

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→クリスマスにサンタさんを呼んで写真を撮るサービスは大盛況だったそう。

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当時、路上でビアガーデンをやるのに許可がいることを知らず、
大盛況の模様が新聞に掲載されてたことによって、警察から注意を受けたりした。
“もう慌てて翌日謝りにいったのよね、でもごめんなさいといったらそうですかってことで。
女性の力かしら(笑)それからは私有地の時計台の下でやるようになったの”
とにかくやってみるというおかみさんたちの行動力には驚く。

もともといろいろなところから上土商店街に嫁いできたおかみさんたち。
会員は「お店のおかみさん」というだけで、年齢もバラバラ。
この会によって縦・横のつながりも深くなった。

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最も特徴的なのがおかみさん会には“会長”がいない。
一人に責任がかからないように、長く、楽しく続けられるように。
皆が得意なことや詳しいこと、そのほかのコミュニティーなどを通じてがそれぞれの窓口になる。
たとえば市や公の場所からの依頼は、ご主人が振興会の会長をしている人、
子ども会などからの依頼は子どもが小さくその会に入っている人など様々なところから入ってくる。
また、無理強いもしない。
“ガチガチにしてたこともあったのよ。でもそれじゃあみんな辞めたくなっちゃうじゃない(笑)”

個人を大切にした組織作りを20年前からしていたおかみさん会。
だからこそ続く、だからこそ愛される。
そして、アイディアがカタチになっていく。

稲荷市も会議のなかでふと出た事を一度挑戦してみた。
その取り組みを、地元の新聞社記者が商店街の背景を含め取材をした。
稲荷市終了後、記事が新聞に出た。
その最後に“これからも続けてほしい”との言葉があったそう。

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“期待してもらっちゃったから、続けようってことになって。
そう言ってもらえて本当感謝よね。3月に開いて、4月を挟んで5月から毎月やるようになったのよ。”
そう市川さんと内田さんは笑顔で話していた。

毎月、稲荷市の報告会や次回への活動のために、会合を開くようになったそう。
そこでは、他県へ旅行へ行ったときに見つけたおいしいものや街中の情報などを交換。
こうしておかみさん会らしい感性でイベントや商店街を作り上げていく。

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→平成14年

そして必ず皆さんから出てくる言葉。
“楽しかったのよね~”

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→平成26年

楽しいという何よりも強い力とそれぞれの個性、
そして上土で商売をするおかみさんの心意気、そして女性ならではの感覚が街を明るくより活気づける。

ゆっくりと深呼吸をする場所~Su-Ha~

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カフェSu-Haのオーナー、榊原香さんが東京でのデザイン関係の仕事を辞め、地元である沼津に帰ってきて店をオープンさせてから10年が経った。
当初は10年続くとは思ってもいなかったそうだ。
いまでは沼津でアジア各国のいろいろな料理が楽しめるお店として沼津で貴重な存在になっている。

榊原さんはアジア料理というより‘アジアご飯’が好きだった。
夜デザートだけを食べられる場所にも行きたかった。
でも沼津にはそのような場所が無い。
だったら自分で場所を作っていこうとカフェSu-Haが始まるきっかけとなった。

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リラックスしてゆっくり深呼吸しながら料理を楽しんで頂きたい。
“吸ってはく”ように。
そんなコンセプトからスウハという店名が決まった。

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“毎日バタバタと忙しいんですけど、本当はゆったりとのんびりやりたいんですよ(笑)”

タイやベトナムなどテイストは現地のまま、洗練された食べやすいアジア料理を心掛けているという榊原さん。こだわりは料理の色彩や盛り付けにも表れている。その鮮やかでカラフルな色彩は見ているだけでも楽しい気持ちにさせてくれる。

また店内のインテリアや調度品もアジアな雰囲気にまとめられており、何度も訪れたくなるお店である。

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“アジアって調味料や野菜を足しながら自分好みの味にして食べる文化があるんですよね”

例えば、ご飯に砂糖をかけたりする独特な食べ方、その組み合わせの不思議さについてあれこれ言いながらみんなでワイワイ食べてもらいたいと榊原さんは言う。
慣れ親しんだ人との会話の材料になる、そんな料理。
食べることはもちろん、見た目も会話も楽しめる料理がSu-Haにはある。
そんな榊原さんの食に対する想いは≪fundish≫へと繋がる。
≪fundish≫は、アジアンにとらわれない料理の提案をしたいと思い、榊原さんが立ち上げた食のプロジェクト。
2~3ヶ月に一度のペースでイベントやコラボなど、その時々のテーマに合わせて料理を作ったり、ワークショップを開催している。

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“子供の頃から誰かのために料理を作ることが好きでした。ご飯を作ることは楽しんだよ、自由でいいんだよというのを知ってほしいですね”

決してとらわれることなくより自由な発想で食を楽しみたいと始めたこのプロジェクト。
榊原さんのそばにはいつでも魅力的な料理があり、多くの人が集まる。
食事が持つ本来の楽しさを多くの人に知ってほしい、榊原さんのそんな想いは10年前と変わらず現在進行形で進んでいる。

≪Su-Ha≫
沼津市下香貫前原1477-1 沼津石材株式会社2F
TEL:055-931-0956

写真:川上千絵

街中でふらっと川沿いを走る拠点~沼津ランニング&スキルズステーション~

沼津市の市街地の真ん中に中央公園がある。
この公園は狩野川が流れ朝夕にウォーキングやランニングを安全に楽しめる拠点として人気を集めている。

恵まれた環境を活かし、水辺の空間をより楽しむために、
中央公園内に健康づくりの拠点施設として沼津ランニング&スキルズステーション(愛称:Nステ)は誕生した。
今年で5年目となる。

去年から担当となったスタッフの松田さんと阿久津さんにお話を伺った。

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あらゆる運動の導入部分のアドバイスをするスポーツプログラマーの資格を持つ松田さん。

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“さぁ、運動をしましょう”と言われても自己流だとなかなか続かないのが運動。
ケガを防いだり、継続が出来るようにするのが目的。
そんな松田さんは月に何度かストレッチの指導もする。

一人でも希望者がいれば行う。
親身になって運動を始めるサポートをしてくれる。

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Nステではこういった、運動を始めるため、続けるためのプログラムから、
運動をやっていた人も楽しめるプログラム、そしてイベントを開催している。

そこで活躍するのが阿久津さん。
素敵な笑顔で送り出し、ゴールで待っていてくれる。
運動の疲れをさらに心地よいものに変えてくれるのだ。
“私は運動は苦手。みなさんを待ってるのが役目です”
そんな阿久津さんに促されてコミィニュティーが出来ていく。

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常連さんが集まり、新入りの方のサポートをしたり
利用者の意見によってイベントが決まっていくことも多い。

Nステと利用者が一体となって
運動を楽しむ場所を作るここは普通のジムとは一味違う。

“まず3日坊主をやってください。3日やって1日休んでまた来る。
1か月後にまた来る。最初はあゆみ橋を往復するのでさえ辛かった人もいますが
今はイベントに参加するほどになることも。
楽しみながらやることが大切!”

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川の美しい景色の中で走る。
時間帯によっていくつもの顔をもつ沼津の景色。
気持ち良い環境で
楽しかったら、また続けよう。
そんな小さな喜びが運動につながる。

会社帰りにも利用したいNステ
Nステではロッカーやシャワールームがある。
また、ロッカーにスニーカーを預けておくサービスもある。
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Nステには沼津アルプス情報やランニング情報がある。
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ちょっとしたお茶も飲めるので情報を聞きに来るところからスタートしても良い。

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沼津のお菓子屋さんのスイーツを楽しめるスイーツランや
皆で楽しめるかのがわリレーランなどのイベントも開催。

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自分に合ったイベントを目標に運動をしてみるもの楽しい。

≪沼津ランニング&スキルズステーション≫
沼津市大手町4丁目3-9
TEL:055-952-3222
http://n-sta.com/

【営業時間】
平 日 11:30~20:30
土日祝 9:00~18:00

【更衣室利用料金】
大人 300円(18歳以上、高校生を除く)
小人 100円(小・中・高校生)
●利用料金に含まれるもの :ロッカー、 シャワー(ボディーソープ、シャンプー、リンス付)、


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移りゆく沼津の街中で使命を果たす~松浦酒店~

約70年近く続く酒屋、松浦酒店。
駅から歩いてくるとマンションの1階にある。
時代の流れとともに街の風景は変わる中、
松浦酒店は同じこの場所で沼津の街を守っている。

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地元の酒蔵やブルワリーとの信頼関係も強くベアードビールや髙嶋酒造など地酒も豊富だ。
ベアードビールは季節限定ビールも含め種類も豊富。
白隠正宗もワンカップからあるのでちょっとしたお土産にもぴったり。

松浦酒店の70年の歴史は沼津の歴史を反映している。
実は最初の何年かはかつての沼津の繁華街、千本浜に近い八幡町にあった。
駅が動くとともに一緒に店を移動させて今の場所に。
そして長崎屋というデパートが現在のこの場所にできることになった。
そんな事で松浦酒店は長崎屋の中で営業する時期もあった。

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そして街中から相次ぐ大型店舗の撤退。
長崎屋もなくなり、跡地にマンションが建つ事になり三園橋近くの平町の倉庫で仮店舗を構えた。

少し離れたところに仮店舗を持つことはお客さんの流れも変わってしまう。
だが、その間もお客さんとつながってた。
長崎屋時代、松浦酒店には販売部門とコップ酒部門、いわゆる気軽に飲める居酒屋があったのだ。
“昔からのお客さんもたくさんいる。それも多くは酒屋じゃなくて居酒屋で飲んだ思い出。
酔っぱらった楽しい思い出よ”

4年後、マンションができると今度はこのマンションの1階に。そして今に至る。

そんな時代を沼津の街中と一緒に駆け抜けてきた松浦酒店。
もともとコップ部門があった松浦酒店。
皆でお酒をおいしく飲む場、おいしいお酒を知ってもらう場としてコップ部門を復活させたいと、
3代目の青木元美さんは
イベントを3年前より不定期に開催するようになった。

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レストランを貸り、料理を出してもらうことも。
お酒は松浦酒店の選りすぐりのお酒を飲み放題で。
多いときで60人集まる。

それだけではない。
地域で行われるイベントに合わせ、ゆるりと店内や店舗前でちょっとした角打ち(かくうち )的なイベントも。
そんなことで沼津ナイトマーケットにも参加。

イベントに参加した人がまたお店に来たり、
店先で飲んでいるときは新しい人が飛び入りで参加したり
今までの常連さんや新しい人たちが緩やかにお酒でつながり
お酒をおいしく飲んでいる。

さらに酒屋でお酒を買うならではのうれしいこと。
例えばホームパーティー。

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どのくらい必要かちょっと不安な時は相談に乗ってくれる。
更にラベルが汚れたりしない限り返品可能。
そのほか、もちろんギフト用にラッピングも行っている。
おいしいお酒を飲むためのサポートはばっちりなのだ。

“お酒をおいしく飲んでもらう。
それが酒屋の使命”
そう笑顔で答える青木さん。
時代が変わっても松浦酒店の使命はシンプルだ。

お酒を楽しむだけではなく、
酒屋でお酒を買うことも楽しみの一つになる。

≪松浦酒店≫
沼津市大手町3-9-1
TEL:055-962-0538
http://www.11sake.com/


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ふたつの顔を持って街をあたたかくする~六軒町~

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昔、沼津の新仲店商店街を越えると六軒お店があり
活気にあふれていたという話があった。
今でもタクシーを呼ぶときに“六軒町”というそうだ。

その話をオーナーが聞いて
またその活気を取り戻したいと昨年オープンしたお店がある。
その名も“六軒町”

何年も空いていた物件を借り
通りに明るい雰囲気を作り出した。

六軒町は夕方17時まではおにぎり専門店、
夜はお刺身や天ぷらなど和食がメインの居酒屋となる。

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昼と夜の顔は一転、
同期の昼間の店長井口さんと夜の店長真野さんは親子ほど年が離れているが
仲が良く、時間帯が違い会うことも少ないのだがお互いをフォローし合っているそう。

昼間のおにぎり専門店はなかなか珍しい。
お米もお米屋さんに相談し一番おにぎりに合うものを、
そしてガスのお釜で炊き上げ、保温にも注意を払っている。
お持ち帰り用ののりはぱりぱりになるように巻かないという徹底ぶり。

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メニューも約30種類。
中には塩からバターなど珍しい具も。
全部試したくなるような具はオーナー自ら色々な店を周りおにぎりを食べ
試作を繰り返し考えたもの。

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オーナーの山田さん、
おにぎりという日本のソウルフードを選んだ理由。
“おいしいおにぎりを食べるとほっこり幸せな気分になるじゃないですか”
シンプルだけどとっても優しい答え。

コンビニにはない、だれが握ったかわかるおにぎりは安心感がある。

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プラス200円でお惣菜をセットにできる。
味噌汁やお漬物、小鉢がつく。
スタッフには主婦の方が多く、メニューもみなさんで考えて作るそう。
家庭のあたたかな味が楽しめる。

スタッフの人数も多めなのだが
主婦が多い職場。お子さんや家庭で何かあった時にみんなでシフトを回していけるようにしています。
それもスタッフにお任せ。

女性オーナーならではの気配り。
おにぎりを握る手はいるもあたたかい。

そして夜。
沼津のレストランで料理長を務めていた真野さんが
本格的な和食を提供。

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奥の座敷はゆっくりとくつろいでもらえるように1日1組、時間制限なし。
おいしい料理をリーズナブルな価格で気軽に楽しんでもらいたいとのこと。
バリエーション豊かなメニューはただ今考案中。
ゆっくりと仲間たちと楽しむ空間はまた昼とは違うあたたかさを持つ。

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昼夜、二つの顔を持つお店“六軒町”
そして昼も夜もこの通りを明るく照らす。

≪六軒町≫
沼津市町方町35 鈴佐本店ビル1F
TEL:055-963-8839


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photo by chiye

家族のあたたかみの中で~つじ写真館~

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沼津銀座に店を構えるつじ写真館。
ここでの商売の歴史は長く、古くは御用邸に炭を納めていたという。
写真館を始めたのはご主人、辻泰男さんの代から。
泰男さんはこれから先、何か手に職をつけなくてはと考え、富山県のネギシ写真館へ修業に出る。
8年半の修行。
ご主人は修行先で奥様と知り合い、技術と共に笑顔が溢れる写真館になるであろうパートナーと生まれ育った商店街に戻ってくる。

“写真屋はお客様に気持ち良くなって帰ってもらうために雰囲気を盛り上げることが大事なんです”

インタビューに答えていただいたのは奥様の辻栄子さん。

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栄子さんはご主人と共に写真館を長年守ってきた。
つじ写真館のお客さんは七五三や入学、卒業などといった記念写真の撮影が多い。
撮影の緊張から硬い表情になりがちなお客さんを和ませ、リラックスした自然な笑顔を引き出すことがいい写真を撮るコツだそうだ。人生の大事な場面を写真という形に残すことに大きなやりがいを感じるとともに責任も感じるという。

“20年後、見直した時に嬉しくなるような写真を撮らなくてはいけないんです”

何年経っても記念写真のなかにはその時の感情や想いが変わらず収められている。
写真の一枚一枚にストーリーがあるんです、栄子さんは写真を見つめながら嬉しそうに語る。

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現在、ご夫婦のほかに3人の娘さんたちも手伝い、家族5人で写真館を切り盛りしている。
家族5人でやっているから5通りの考え方ができる。いざとなったときは家族だから団結できる。
家族経営の強みを栄子さんは語る。

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“手伝ってとか言ったことはないんですけど、自然と集まってきた感じです。やっぱり家族ですね”

家族と言えば忘れてはいけないのがミニブタのさくらである。
さくらが来たのは今から12年前、それ以来つじ写真館のマスコットとしてテレビや新聞など各メディアに露出。
さくらを目当てに訪れるお客さんもいるとのことだ。

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つじ写真館から感じる温かみや居心地の良さは家族が持つ温かみである。
お客さんはまるで家族の一員になったかのように迎えられ、人生の節目を一緒になって祝う。
一枚の写真が物語るストーリーはいつまでも色褪せることはない。

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≪つじ写真館≫
沼津市上土町36
TEL:055-962-1384