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新しい土地で生まれる家具~和田家具~

2001年新潟で“家具”の道を学び、
2006年富山へ場所を移し家具作りを続け
今年の1月末に伊豆の地で独立を果たした和田家具の和田大さん。

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もともと神奈川県出身の和田さん。
大学中に、ものづくりができるところと出会った。
大学を卒業後、ずっと好きだったものづくりをするために2001年新潟へ。
そもそも“ものづくり”が好きな理由、

“職業にしていたわけじゃないんだけど、両親がものづくりが好きで。
このニット帽は母が作ってくれたものなんです。
この網、今はネットがないんですが父が作ってくれた網なんです”

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大切そうにご両親がつくってくれたものを見せてくれた。

丁寧につくられた物に囲まれ
日曜大工や手芸など作ることの楽しさを間近で見続けた結果、家具を作ることを職業にした。

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和田家具の家具はとてもきれいに木の木目が出ていたり、気持ちいい木の感触だったり
実は木の廃材を利用して荒々しく力強い作品があったりと様々だ。

こだわりというか、その木に対する想いでいろいろな形に変えていくように感じた。
今後は天城の間伐材も使用していきたいとのこと。

地域の木を使用しながら作っていく家具。
それは3県(出身の神奈川県を入れれば4県)を移住してきた和田さんの想いもある。

ものづくりができることを見つけた新潟。
その新潟で使用していた木材が岐阜や富山だったので、付き合いのあった材木屋さんの手助けもあり富山で工房を開くことにした。
木の近くで制作をするために。
富山に移動してからは材木が手に入りやすくなった。

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そのうち実家の神奈川県の近くに工房を移動しようということになった。
いくつか候補はあったが新潟の時に同僚だった有城 利博さん(ありしろ道具店)の勧めもあり伊豆へ。
昔からの知り合いがいること、協力してくれる材木屋があり工場を持つことができることなどが重なり移住を決めた。

伊豆の真ん中にある工場。
道路から脇道に進んでいくとある。
山に囲まれ、思わず深呼吸したくなる。

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工場の中にはいくつかの工具と材料の気がある。
ピーンと冷たい空気充満している工場には音楽が流れる。
その横にある部屋にはだるまストーブ。
机仕事や休憩をするスペースのようだ。

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こんな気持ちの良いところで生まれた家具たち。

最近ご結婚されたばかりだという和田さん。
奥様は富山県生まれの富山育ち。

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日本海の海と山に囲まれた富山。
少し静岡にも似ているところがあると感じたよう。

木にも柔軟に対応しいろんなインスピレーションを受けてつくられる和田家具。
そんな和田家具は新しい土地で夫婦の新生活とともに成長していく。
進化も楽しみな家具だ。

1月15日(水)までロットンで受注販売と木製雑貨の販売を行っている。
たまに作品がかわるので要チェックだ。

また12月7日(土)8日(日)にはロットンで
和田家具“木で木のかたちをつくろう”が開催される。

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一枚一枚木を選べるのプラス、今回は特別にハンナコテで絵を描くことができる。
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●日時:
12月7日(日)1回目:10:30~2回目:13:00~ 
12月8日(日)1回目:13:00~2回目:17:00~ 
●所要時間:約1時間
●場所:ロットンコミュニティースペース
●定員:各回15名 ※先着順となりますのでご予約をお勧めします。
●参加費:2000円

お申し込みはお電話、店頭、HPで→http://lotn.jp/(希望日のカレンダーにあるタイトルをクリックしてください)

≪和田家具≫
静岡県伊豆市上船原521-1
TEL:0558-87-0470
http://wadakagu.com/index.html

プロフィール
1979 東京生まれ
2001 新潟県糸魚川市にある
     原木家具の”祭り屋木材”に入社
2006 富山県砺波市”わだ家具”として独立
2013 静岡県伊豆市へ工房移転

30年間 水辺での挑戦~カヤックタパ自然学校/上野裕晃さん~

狩野川の魅力を発信し続けるカヤックタパ自然学校のタパさんこと上野裕晃さん。
牛臥海岸近くの事務所を拠点にカヌーインストラクターとして狩野川や駿河湾をより身近に感じられるよう活動を続けている。

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タパさんがカヌーに出会ったのは30年前、26歳のとき。ディンギーと呼ばれる小型ボートこそやっていたがカヌーに触れたのはこの時が初めて。
それまでは住宅用のサッシを販売していたが、会社員と並行してカヌーのショップを始めた。

42歳のとき、会社員を辞めカヌーだけで食べていくことを決意。
決意を込めメキシコへ旅に出た。このとき、鍋のふたの意味を持つ“タパ”をフィールドネームとした。

“鍋のふた”をあけるとそこには美味しいものがある。
スペイン語のふたを象徴とし、自分の使命として名付けたのだ。
川という場所でカヌーに出会うと素晴らしい自然に出会える、そんな機会をつくる存在になる。

だから、上野さんことタパさんははじめてカヌーをする方にやさしく自然の事を教えてくれる。

最初は不安だらけだった。
沼津リバーサイドホテルの目の前で、狩野川を使いカヌー体験を始めるようになった。
それでも、最初は年間20名しかお客さんはいなかった。

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いろいろな場所で水の可能性を確かめた。情報がまったくない。
静岡東部の様々な川や海で、ひとつひとつ体を動かし可能性を確かめていった。
開拓の日々。

タパさんの想いとは反して、川に浮くカヌーを異質な存在を捉えていた方も多かったようだ。
川に対する意識がなく、川に近付きバーベキューをやる人は川を汚す。
河川管理者の行政からもタパさんの活動も同様に見られていた。

そんな中でもカヌーフェスティバルなどを催し、川に多くの方に親しみをもって頂きゴミを拾うイベントを12年おこなった。
長くやっていると世代に受け継がれていき、想いは文化となっていく。
そして、行政もお互いに歩み寄っていった。

そんなタパさんの原風景ともいえる少年時代のことを訊いた。

“アウトドアというか外で遊ぶのが当たり前でしたね。
学校終わったら外に遊びに行って、夕暮れに家に帰るのが通常のパターンでした。
怪我したら自分の責任。そういうのが当たり前の時代でした”

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今は怪我をしたら誰かの責任になってしまう、それは親が遊び方を知らないからだとタパさんは言う。
火を見たことがない子供に火は熱いということを伝えていくこと、それが自然の中での応用力を生む基礎になるそうだ。

“大人になってからの遊びはお金を出せばいくらでもできる。子供のころに他愛もないことでいいから野外で遊ぶことが必要なのかもしれない”

カヌー体験やスクールなどを通じて自然体験の大切さを伝える。
2~3時間の体験で大人も子供も笑顔になる。その笑顔を見れるのが一番うれしい。
20代の頃、漠然と思っていた狩野川をカヌーでいっぱいにしたいという夢。
30年経った今でも変わらないモチベーション。

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タパさんは、昔の大変だった頃を改めて思い出した。
“川は楽しい!自分が楽しいと思うからみんなも楽しもうよ”
一方的な想いだったかもしれない。
“川を通して笑顔が溢れる時間を提供するには……”
相手の立場にとっての川という存在を意識するようになった。

そして、沼津ビーチフェスというイベントも4年前から始め、海の使い方も提案をしている。

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まだまだ市民の認知度は低いがタパさんの夢は変わらない。
“自然をもっと身近に”
タパさんの想いは常に水辺と共にある。

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≪カヤックタパ自然学校≫
沼津市下香貫柿原2814-20
電話:090-1283-0840
http://www5a.biglobe.ne.jp/~uenohiro/

沼津を見てきたタウン誌“狩の川”

“地元で育った強み。信頼があったからできた”

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準備期間の半年を経て
昭和42年12月5日、“狩の川”という配布無料のタウン誌ができた。
今ではフリーマガジンは見慣れたものとなっているが当時は新しかった。
銀座百点という銀座でも人気のタウン誌を模範にしてできた第1号。
その後、10年間、突然来た最後、昭和52年11月20日発刊の64号まで続いていく。

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内容はなかなか衝撃的なトピックスも、
「かっこいい」や「遊び」をテーマにしたり
独特の切り口で沼津の校歌を特集したり。。。
商店街の紹介もインタビューから商品紹介まであらゆる手法で書かれてある。
今読んでも“おもしろい”と読みこんでしまうタウン誌である。

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今回この“狩の川”の編集を務めた花村邦子さんに伺った。

沼津へ戻っていた、東京でシナリオライターをしていた花村さんのお兄さん間藤守之さんに
東京の会社から企画としてタウン誌を作らないかと話が合った。
だがお兄さんはそれを断った。
胸の内をきいていみると“自分の生まれ育った沼津。
よそのから入ってきた企画のタウン誌はつくりたくない”と。
その気持ちを聞いた花村さんは兄の気持ちを汲んで“私がお金をだすからつくればいい”と後押しをして始まった。

センター街(現上土商店街)を中心に相談方々、広告を出してくれる会員のお願いにお店をまわった。
あっという間に77件の会員が集まったという。

今までなかったことにこんなにも寛大に応援してくれる。
その理由。
“信頼はすでに親、兄弟が培ってくれていたから”
初めの一歩はもう踏み出していた。
自分の力だけではできなかったと気づいたという。

“お前たちがやるなら応援するよ”
街に人たちの言葉。

そしてなにより花村さん兄妹の力で出来上がった。
スタッフの人数は増え、さらに顧問に映画監督の故五所平之助さん(三島在住)や
執筆にお菓子放浪記の西村滋さん(元沼津在住)や大御所詩人の大岡信さん(三島在住)などの
多くの文人の協力も得ることができた。

時代も変わり10年もフリーマガジンを続けていくことは
大変なこともたくさんあったという。
子供を育てながら編集、取材、そしてスタッフのマネージメントをしながら街を見つめた。

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“でもねクラブ活動のように楽しかった”
その言葉がとても印象的だった。

狩の川が花村さんにもたらしたものは
辛さも、苦しさも、楽しさも、すべてものを“かけがえのない経験”にした。

“狩の川は地元の人に育てられたから10年続いた”
と花村さんは言う。

広告で成り立っているタウン誌というのは育ちにくく続けていくことは難しい。
その中で育てられた狩の川。

その当時も会員になり狩の川を支えてた一人である
井筒屋の片岡さんもいう。
“狩の川は沼津の商人の心意気をよく伝えてくれた”と。

“数年後に図書館にファイルされてあることを人から聞いたの。
大事にされてきたことがわかった。やってきてうれしかった”
と花村さんは言う。

実際に今も町には大事にこの“狩の川”を大切にしている人がいる。

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今の時代にフリーマガジンを大切にとっている人は何人いるだろうか。
それほどこの“狩の川”がみんなに与えたインパクトは大きく、
そしてみんなに育てられたことが伝わってくる。

“時代が早すぎたの”
花村さんはおっしゃっていた。

私はこの冊子が過去のものには思えない。
それはこの地域の“人”の本質をとらえ感性豊かな内容だからであろうか。

私自身も“狩の川”に出会えたことは嬉しく、刺激的に感じる。
私たちが出しているこの沼津ジャーナルも、
時代を越えて大切な存在になりたいと心から思った。

今も育ち続けている狩野川。
そしてそれを守る街の人たちによって今も育てられていると感じた。

庭マルシェ

黄瀬川のほとりの住宅街にたたずむweekend books。
古本を置くこのお店では現在、庭マルシェ〜五つの庭をめぐる旅 〜が行われている。

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扉を開けると、晩秋の晴れた日の庭を思い出すゆったりとした時間が流れていた。
まず目の前に現れたのはガーデンデザイナー 高橋さゆりさんがつくられた世界。
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本を読みながら紅茶を飲み焼き菓子を食べたくなる。

高橋さゆりさんは伊豆の国市在住で、本年度 西武ドームで行われた国際バラとガーデニングショー奨励賞を受賞されたりと全国でも活躍される。

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他にもガーデンプロデューサー 空間工房 鈴 の鈴木さん、造園家 晴照造園の大矢健晴さん、花屋のgivernyさん、造形作家のheck.haruさんなどの作品や空間によって五つの庭の世界がつくりだされる。

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展示室をくぐるとgiverny(ジヴェルニー)さんの表現する庭の中に。
その空間はカナダの森を思い出した。

ちょうどジヴェルニーの三保さんが落ち葉をまいてメンテナンスをしていた。
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この空間は落ち葉、流木など死んでしまった生き物と生きている植物を混合して作品をつくったそうだ。
「生」と「死」がまわっている世界。
生きていることの「今」を感じられる。

こうやって踏んで落ち葉から出る音を楽しんで、この空間を感じてほしい。
と楽しみ方を笑顔で教えてくれた。
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懐かしい異国の森を連想させたが、使われている物は身近にあるもの、海で拾った木だったり山からの落ち葉だったり、そして家の倉庫にあったものも。
三保さんのひいおじいさんは庭師っだったそうで、かつて使われていた道具も存在感を持ってそして自然な感じに飾られていた。

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とても秋らしい、そして懐かしさを感じるこれらの空間、そして全体の雰囲気は写真ではなく、ぜひとも足を運んで感じて頂きたい。

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「ずっとここにいたいね」
お客さんがそう話していた。
心地のいい空間の余韻を自宅に持っていくために今の気持ちで本を選ぶ。
旅の本、庭の本、料理の本・・・

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店主の高松さんは昨年12月にこの企画をしたいと思い、半年前から準備をすすめていった。
映像や本に出てくる素敵なお庭の空間を、本のあるこの空間で再現したかったそうだ。

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本は雑貨の物語、食の物語、素敵な庭や景色をきりとったもの。
こうして、本のような素敵なモノをきりとった空間を楽しんで頂き、本にももっと親しみをもってほしいと、やさしく語られた。

この企画は10月28日まで行われている。
次の企画は11月24日から ヨーロッパの古いものがあつまる“古ものマルシェ”が行われる。

weekendbooksは本の世界をまた新しい形でライフスタイルに提案してくれる。
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庭マルシェ 〜五つの庭をめぐる旅 〜
10月25日(金)〜28日(月)
10時〜16時

weekendbooks
古本・CD・雑貨・焼き菓子  
〒410-0022 静岡県沼津市大岡509-1 
055-951-4102 10:00~16:00 
水 木曜定休 
http://www.weekendbooks.jp/

HAIRock

“曲がる棒に人生をかけている”

HAIRock。
それは彩どりの糸をまとった曲がる棒。

使い方は自由自在。
髪留めの代わりにしてもいいし、
カーテンをとめるものにしてもいい。

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キャンプなどアウトドアでも活躍しそうなこのアイテム。
ただとめるだけでなくカラフルな色が目でも楽しめる。

“おすすめは猫の頭に丸めておくことです”
おちゃめにかつ真剣に話を聞かせてくれたのは工場長の中伊豆太郎さん。

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10年前、ドレッドヘアだった太郎さん。
ドレッドヘアは自分の髪の毛で縛るか針金でしばるしかなかったそう。
その時、針金を装飾して使い始めるようになった。
それをみた友人たちがほしがり、プロダクトとしてちゃんと作るようになった。

こわれにくく、よりロスを減らして作れるように追及をし改良を重ねた。
ハサミ1本。接着剤はつかわないとてもシンプルな構造だからこそ
突き詰めるためへの努力をしてきた。

ハサミ1本、それとテクニックとセンス。
それだけでできるのがHAIRock。

“一点もののクラフトではない”
より気軽に、いろいろな人に手に取ってもらえるように
効率よく、そしてほぼ同じものが作れるようにしたかった。

パッケージにもこだわり
現在の形になったのは2年前。

とにかく
“手に取って見てほしい”
そう語る。

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丸くHAIRockがくるんとおさまるパッケージ。
思わず手に取ってしまう。
約ひと月でお店の商品を変えて回る。
色とりどりのHAIRock。

いつかはそのパッケージに想いを届けられるような
何かができたらと夢は膨らむ。

曲がる棒は可能性に満ちている。

副工場長の兼崎香さんは北海道出身。
縁あって住むようになった街。

“気候がいい。それにいい音楽、お店、自然。
本当に住みやすい街”

二人が地元のお店にHAIRockを置くこだわり。
地元で頑張っているお店と一緒に頑張りたい。

週末にはイベントや展示にも参加。
活動的なHAIRockに込められた
“ただ見てもらいたい。見たことによってその人の何かになれば”

可能性を秘めた曲がる棒に期待ができる。

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色とりどりのHAIRockはLot.nにも1600円で販売している。

お気に入りのHAIRockをお気に入りの使い方で。

丹那から生まれた椅子

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“山も海も川も好きだし、自然に触れることが日常の100%を占めてますから本当に幸せですよね”

函南町の丹那盆地を拠点とする家具作家、近藤正樹。
彼の作りだす作品のモチーフとなるのはコブラ、エイ、羊などの生物が多い。
その理由について、彼は自身の少年期を振り返る。

“小さい時から動物図鑑が一番好きで。ほかの男の子は乗り物図鑑とか見てたんですけど、自分はボロボロになるまで動物図鑑を見てましたね”

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いまから5年前、車に寝袋や七輪を積んで工房の候補地を探す旅に出る。
候補としてあがったのは房総半島、三浦半島、伊豆半島。
旅は伊豆半島、下田から出発。3日目には今住んでいる丹那に行き着いた。
そして盆地にあった牛乳瓶の洗浄工場跡の建物に出会う。
ここは海に近くて山もあり、東京にもすぐ行ける。

“あまり人の多いところは得意ではないのでのんびりできるという意味でも丹那はいいですね。あとは現実的に都会じゃなくても仕事がやっていけるということですかね。むしろ田舎のほうが騒音やにおいの問題がなかったりとか。木工も機械を回すので都会ではうるさくてできないですよね”

埼玉県出身の彼は大学卒業後、飛騨高山で木工技術を習得。2008年にはアイルランドに渡り家具を制作。人口200人ぐらいの小さなまちだったという。

“アイルランドも牛飼いの町でしたし、高山も飛騨牛を生産していて、丹那も牛がいるでしょ。三ヶ所連続で牛つながりですね。偶然ですけど”

牛は偶然としても、田舎暮らしといった点では何か共通点が見いだせるかもしれない。

偶然出会った工場跡を仲間とリノベーションし工房がスタートする。

自然に恵まれた環境。彼の創造性豊かな作品はそんな環境から生み出される。
自然のサイクルの中で生まれたアイデアを形にする。

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“作品によってアプローチが違うんですけど、たとえば羊のときはアイデアスケッチしているときに筆が勝手にあの形に動いて。そうだ、羊だ!って思ったんです”

そんな近藤の椅子は現在Lot.nの正面ショーウィンドウに3脚展示販売されている。10月30日からはホームグラウンドである丹那、Kurubushi-baseで個展を開く。

“今まで個展というと東京でしかやったことなくて、ここでは初めてです。反応が楽しみですね”

都会の喧騒を離れ、丹那で作り上げられた椅子の数々。
椅子としての機能性、近藤正樹が生み出す独創性をこの機に体験してほしい。

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近藤正樹 椅子展
ANIMATURE@kurubushi-base
10月30日~11月5日
12:00~18:00
田方郡函南町丹那315-1
www.kurubushi-works.net
http://masakikondo.com

Seeing is Believing 体感するショップ

アメリカ西海岸のサンディエゴにmisson bayという場所ある。
ここでは釣りをする人、散歩をする人、テニスをする人。
気持ち良い自然とともに自由に楽しんでいる。

オーナーの坪井さんは
幼いころに家族旅行で訪ねた時の印象を強く持ち、また行きたいと思った。
大学生になりもう一度訪ねたミッションベイ。
変わらずいい街だった。

そのいい街を沼津に重ね合わせ
我入道に“ミッションベイ”という新しいお店をオープンさせた。

もともと公認会計士の資格をアメリカで取得。
LA、そしてシリコンバレーで財務などの仕事をしていた坪井さん。
チャレンジすることを当たり前とするシリコンバレーの環境の中で何かしたいと考えていた。
そしてその場所で2005年にプロダクトデザイナーの弟と100percentを設立した。

一年後、東京に拠点を移し100percentは本格始動をする。
商品を展開していく中で倉庫が必要になった。
そして兼ねてから考えていた実店舗を持つことも実現させたいと思うようになる。
物流拠点、かつて西海岸で見たライフスタイルの提案の場。
その夢を実現させる場所として沼津を選んだ。
ここは東京の商談にも1時間ちょっとで向かう事もできる。

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我入道にある倉庫を改装し
カフェと雑貨、家具などを販売。
倉庫の3分の2を占めている。
残りは事務所。
倉庫特有の広々とした非日常てきな空間に
黒板の壁や沼津の会社に作ってもらったパレットの棚、
そして選りすぐりのプロダクトたちが
なんとも気持ち良い空間を作り出している。

そんな中ひときわ目立つ壁がある。
“Seeing is Believing(見ることは信じること・百聞は一見にしかず)”
これこそがミッションベイの信念だ。

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見て触る価値をつくりだす場所。
カフェで使用しているお皿やフォークやナイフはすべて販売をしている。
職人が一つ一つろくろ挽きをして作っているお皿だったりと
“こだわり”を実際に体感し、よかったら家に持ち帰ろう。
まさに“Seeing is Believing(百聞は一見にしかず)”

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“わざわざ来てくれいているからこそ、ここじゃなきゃ買えないものを提供したい。”
プロダクトを担当する鈴木さん。

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“ものづくりの僕らがやっている”
その強みが力を抜いていい商品を作り出せる。

100percentではサクラサクグラスなど日常の中の出来事を少し楽しくさせるプロダクトが多くある。
このプロダクトも使ってみて面白さや驚きがあるように
このショップに来て初めて感じるものがあるだろう。

今回もう一つの体感にカフェがある。
メインには“ダッチベイビー”というパンケーキ。
パンケーキの概念を覆すような驚き。
シンプルでどこか懐かしさのある味だ。

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一歩、足を運んで体感してみると
今よりもう一歩面白い生活が待っている。

MissonBay(ミッションベイ)
10:00-20:00 (L.O.19:00/Drink のみ 19:30)

〒410-0823
静岡県 我入道 南条寺 69-1
TEL:055-946-6243

香貫山を歩く

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“とにかく体験していただきたい”

そう語るのは御用邸やびゅうおなどを無料でガイドしている
ぬまづ観光ボランティアガイドの会長、笠井幸子さん。

この日、伊豆半島と香貫山の生い立ちを学びながら、
駿河湾に沈む夕日を眺めるといった趣向で香貫山夕暮れウォークが行われた。

市民文化センターを出発し芝住展望台を目指すのは総勢80名。

リュックさえ持たない身軽さが香貫山の魅力でもある。

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標高は193m、伊豆半島の付け根、静浦山地の最北端に位置し、

登山愛好会が命名した沼津アルプスという名称も定着している。
市民文化センターから歩いて15分もかからないうちに、周囲は自然に囲まれる。

しばらく歩き、中腹に差し掛かると原田濱人(はらだひんじん)の句碑がある。

“玉麿りて いにしへの日は 永かりき”

濱人は旧沼津中学(現沼津東高)の教師をする傍ら、高浜虚子の弟子として活躍した人物である。

パーティは香陵台で休憩しつつ伊豆半島の成り立ちを聞く。その香陵台に歌人、若山牧水の歌碑がある。

“香貫山 いただきにきて 吾子とあそび

ひさしくをれば 富士はれにけり”

大正9年、東京から沼津に移住してきた牧水がまず気に入った山こそ香貫山である。
パーティは沼津の自然と文学に触れつつ展望台を目指す。

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その道中、話していただいたのは東京出身のボランティアガイド大山さん。

“沼津は海も山もある、気候もいいし食べ物もおいしい。

交通のアクセスがいいから東京の郊外といった感じ”

大山さんも牧水と同じように東京から沼津に来た。
それからおよそ50年、沼津を愛し暮らしている。
このあたりは昔も今も変わらない人情といえるだろう。

あたりが夕方の優しい光に包まれるころ、芝住展望台に到着した。
出発から1時間強、眼下には駿河湾、牛臥山、沼津港、狩野川、千本浜が広がる。
もちろん天気のいい日には富士山も姿を現す。
沼津市中心部から南東に2.5km、この景色を知らないのはなんとももったいない話である。

現在、日本生命のCMでこの香貫山からの景色が使われている。
たった1、2秒なのだが、海・川・山・街が同じ画にあるこの風景はとても印象に残る。
日本人にとって身近な景色。
そしていつでも香貫山には日本の美しさがある。
春の桜、秋の紅葉、そして駿河湾に沈む夕日。

“とにかく体験していただきたい”

すべてはこの言葉に集約される。

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五重塔までは車でも行け、ここからの景色も絶景だ。

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音楽のある生活

5月5日こどもの日。
ブルーウォーターで行われたライブ。
今回はBE THE VOICE。
 
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ライブ特別メニューのFoodとお酒を片手にいつもとは
違うレイアウトの店内でライブの開始を待つ。
川を見ながら、ライブのはじまるのを待つ時間も
またゆったりとした気分になれる。
 
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マイケルジャクソンのカバーから始まった。
少しハスキーな声と、ギターの音、そしてブルーウォーターという場所が絶妙に紡ぎだす音楽が心地よい。
お酒を片手に、音楽を楽しむ。
酔うって本当はこういうことなんじゃないかという気持ちよさ。
この空間での音楽、そしてアーティストの言葉は家で音楽を聞くのとは比べものにならないくらい心に響く。
 
非日常なのにあまりにも近い距離感。
 
時折外を見てみると、
川に映る、車や橋が作り出す小さな小さな夜景。
雑踏のないこの風景。
素敵な音楽を聞いているからだろうか、
胸が熱くなる。
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この街のこの風景を、
どこか懐かしく、いつもより感受性ゆたかにかんじる。
日常を非日常に変えてしまったこの空間は
日常にある沼津が決して夢の国ではないけれど、
本当はいいところなんだってことを教えてくれる。
 
生の音楽を聴きに行くことについて。

オーナーの天野さんが
「ライブに行くのはめんどくさい行為です。
あまり仲良くない人を誘ってみたり、わざわざ時間をつくったり。。。
でもそのめんどくさい行為の後にきっと素敵なことがまってます。
めんどくさいことをすることはたまにはいいものです。」
と言っていた。
 
音楽を聞くことにもう一歩。
それぞれに聞き方があると思う。
友達に誘われたでも、再会の場所につかうのでも、単純にその歌手が好きだからでも
なんでもいい。
足を運んで聞く音楽は格別だということ。
 
音楽が生活の中に浸透するように、
いい音楽を聞く機会が沼津でもあるということに
気付いたらきっと素敵なことが待ってるんだと思う。
次のライブは5月18日(土)bohemianvoodoo(ボヘミアンブードゥー)
ボヘミアンブードゥーはジャズシーンにとどまらず、ヒップホップ、R&Bなど数々のイベントに出演する横浜発の、歌って踊れるメロディアス・インストバンド。
ドラマチックな展開と爽快なドライブ感。常にオーディエンスを虜にするライブバンドが作り出すこの日のブルーウォーターはきっと凄いこと間違いなし。

詳しくはhttp://www.the-bluewater.co.jp/event/

 

モノをつくるひとの場所

家具職人さんの工房へ。
デザイナーのBACCOさんが打ち合わせに行くという事でヒョコヒョコト遊びに行かせて頂きました。

をぉーーーー!
街中から15分でこんな素晴らしい風景が、素晴らしいです沼津。

オーナーのO.F.C ORIGINAL PRODUCTさんが東京からこの地域に拠点を移すためいろいろと探しで会った物件。

釣りバカ日誌のロケ地としても完璧な場所。

こういう環境ってお子さんにもいいなぁと

お父さんの造ったテーブルと、お父さんのまわりに集まる人たちを絵に描いているお子さんを見てつくづくと

モノづくりをする父を持つ血をひいているだけあるなぁと。

テーブルなど作るO.F.Cさん。今、書類、雑誌が収納でき棚や壁に並べるFILING CABINETの注文がスゴイのだそうです。

途中から、御殿場から皮の鞄職人のNOT FACTORYさんが来られ、いろいろなお話。

☟NOT FACTORYさんの作品

モノを創る方たちのお話って非常に面白いなぁとつくづく感じる一日。
沼津や伊豆にはクリエイティブな方々がぞくぞくと移住をしている。

そして伊豆も面白いトコロがいっぱいだなぁと。