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研いて沼津の食を支える

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町方町はアーケード名店街にある正秀刃物店。
ここには水産加工業や飲食店など沼津の食を支える道具がある。
オーソドックスな出刃や牛刀から刺身包丁、アジの開き包丁まで刃物に関してならすべておまかせだ。
この日も持ち込まれる刃物のメンテナンスで大忙しのご主人、大野隆久さんに訊いた。

●以前、マルハチ金龍丸水産に取材に伺ったとき、大野さんの話になったんです。
開き包丁ひとつにしても工夫を重ねてできていると。
「沼津型の開き包丁って薄いのよ。出刃包丁だと厚いから魚への入りが悪いわけ。
で、回転式の機械で研ぐものだから幅が広くなる」

●いつぐらいから今の形になったんですか?
「40~50年前かな?もともとはカネトモさん(西島町)のオヤジが、
うちのオヤジに作ってみろといったのがはじまり。開き包丁ってフラットじゃなくてすいてあるの。
片刃の包丁っていうのはそうなんだけど。空気が入って、身離れがよくって、切り口が光るの」

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我入道漁協即売所

沼津港にいくと奥にある食堂街や市場、沼津深海水族館に行く人が多いが
実は港の入口には我入道漁協即売所がある。

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沼津の干物をはじめ、海産物加工品を取り揃えている。
漁協の直営店なので安心、安全な海産物を安く買うことができるのも魅力の1つだ。

昔ながらの建物に入ってみると
お母さんたちが笑顔で接客をしている。

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数多く取り揃えられた干物たち。
店先にはサバの醤油干しをつくる姿を目にすることができた。

我入道漁協は今年も沼津自慢フェスタ2013に出店する。
メイン商品はたちうお春巻き揚げだ。
今回のために考えたこの商品。
最初はカレー粉をかけてみたり、梅ペーストを塗ってみたりと試行錯誤を重ねた。
そうして行き着いたのは
“味付けは塩コショーのみでシンプルに。”
そうすることで太刀魚の香がしっかりととでた。

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今回太刀魚を使うことで
たくさんの人に沼津で獲れた魚を食べてほしいという思いを伝える。

この即売所では
あまり見かけない“たちうおの干物”も販売してる。

生活習慣が変わる中で、魚離れも進んでいるように感じるが、
この我入道漁協即売所にはリピーターも多い。
撮影がよく行われる沼津だけあって、芸能人が帰りにお土産として買っていき
それから毎年注文が来たり、
我入道出身のハンマー投げの室伏選手のお父さんは
「活力の源は干物」といってよく買っていったそう。
ちなみに先週ドラマの撮影がここであったそうだ。

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沼津港に来たときはちょっと入口の方も
見てもらいたい。
撮影の場所にも選ばれるような趣のある風景と
品揃えよく取り揃えられた干物、
そしてお母さんたちの笑顔に会える。

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我入道漁協水産物展示即売所
静岡県沼津市千本港町128-1
無休(12月31日~翌1月4日休) 8:30~17:00(閉店)

こだわりのノリペチーノ

沼津のアーケード街を抜けて左にちょっと行くと
”PiLOT”と大きな青いロゴをつけた古着屋がある。

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お店の中には、オーナー夫妻が
直接アメリカから買い付けたり、デザイナーと直接やり取りをして仕入れたアクセサリーや洋服などのこだわりの商品が並ぶ。

17年を迎えたパイロット。
今日もかわらずお客さんに愛される二人の空気がお店の中に充満している。

ふとレジカウンターをみてみると
奥さんがお客さんと話している。
旦那さんが見当たらない。

どこへ行ったのかと聞くと、かき氷を売りに行ってると。
え?と思わず聞き返してしまいそうになるが
夏の間、旦那さんのノリさんはかき氷屋になる。

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ノリペチーノといわれるかき氷。
かき氷の概念が変わるおいしさと驚きを秘めている。
シロップもカクテル用を使用したり、
静岡県産のお茶やシロップ用にコーヒーをブレンドしたりとこだわり、妥協は許さない。

看板メニューであるキャラメルダブルコーヒーノリペチーノは
朝ドリップした濃いめのコーヒーに、手作りコーヒーゼリー、キャラメルシロップ、練乳がたっぷりかかっている。
山盛りの氷にももちろんこだわって。

最初はかき氷を堪能する。手作業ならではのふわっとした中にしっかりとした氷の存在感。
シロップと練乳。そして触感の違うコーヒーゼリーがアクセントになる。
食べ進めていくと氷も解けちょうどいい濃さのコーヒードリンクになる。
最後までサプライズの続くかき氷なのだ。

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どうしてかき氷やを始めたかというと
「かき氷器を借りることになったんだけど、機械がかっこよくてこのかっこよさに惹かれた。
この機械があったからはじめたよ」
”TAKARA船”を掲げるかき氷器は
たしかにかっこいい。
手作業で回すレバーも特注品。
どんどんカスタマイズを進めているそう。
性能はよくなったからといって、手作業で氷を削っているのには変わりはない。

休むことなく一人でかき氷器を回し続けるノリさん。
だが疲れも見せずにお客さんへ一言かけながらノリペチーノを手渡していく。

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実は今年で8年目になるノリさんのかき氷。
最初はお祭りの日だけだったが、外に呼ばれるようになり、
もっとおいしいかき氷を作りたいというノリさんの想いが、ノリペチーノに日々進化をもたらしている。
評判を聞きつけてたくさんのお客さんがくる。リピーターも多い。

夏の間だけのノリさんのかき氷。
ノリさんの笑顔とノリペチーノ。
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“おもす”が見せてくれたもの

沼津から車で海沿いを走る。
海越しに富士山を眺めることができる絶景の道。
市内から約40分、重須という地域がある。
海から山へ視線を移す。
あたりにはみかん畑が広がっている。

ここは有数のみかんの産地。
寿太郎、青島をはじめ多くの品種が栽培されている。

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みかん農家が多く集まるこの地で
企業と生産者が一緒になって商品開発をするプロジェクトが行われた。

今回、内浦重須の農業者有志12人が所属する農事組合法人おもすに所属するみかん農家の岩崎さんにお話しを伺った。

このプロジェクトの始まりは東京のウエディング会社ノバレーゼのCSR活動にあった。
もともとCSR活動をしており、その中で植樹などをしていたがなにかほかにできることがないか探していた。
そんな時、ウエディング雑誌の営業をしていた岩崎さんの息子が実家がミカン農家だということを話した時に
「これだ!」と思ったことが始まりだったそう。

さっそくノバレーゼのマネージャーたちが岩崎さんのところへやってきた。
女性ばかりだったことも驚いたが、
「農業のことはまったくわかりません。でも重須を元気にしたいんです!」
と張り切って言う彼女たちに「面白いことを言うな~」と思ったのと同時に本当にそうなればいいなと思ったそう。

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早速、ミカン狩りに新入社員が20人来るということになった。
20人全員を一人で引き受けるのは難しかったので、
この思いに賛同してくれる同世代の奥さん同士も協力し合える農家が4軒で引き受けることになった。
実際にやってみると、受け入れた農家のおじいちゃんおばあちゃんがとても喜んだ。
重須のミカン園に新しい風が吹き込んだ日となった。

さらに第一次、第二次、第三次産業が連携して農作物の付加価値を高める6次産業化支援ということで
岩崎さんたちの農事組合法人おもす、ノバレーゼ、そして浜松のソースメーカー鳥居食品が手を組んだ。
そしてミカンの栽培過程で出る、これまで活用されていなかった“摘果ミカン”を有効活用した100%ミカンのお酢「想酢(おもす)」を開発した。

商品開発、そして販売までの間で大変なこともたくさんあった。
みんなが集まるときはいいが、自分たちだけで次の準備をするときにうまくいかないこともあった。
だが、それぞれに違う立場で刺激しあい協力した形が“想酢”だ。

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ずっと同じところに住んでいるとその地域の良さが“当たり前”になってしまう。

みかん畑で楽しそうに作業をする新入社員たち。

岩崎さんは言う。
「ここまでみかん畑で楽しそうな人を見たことがなかった。
自分の住む場所、そして農産物でこんなに喜んでいるのを見ていたら、自分もとても嬉しかった。」

人を喜ばせる仕事をする人、そして新入社員の若い力は
農家の人たちに元気と喜びを与えた。

一方で、新入社員たちも新しい気づきやこれから社会で働くことの糧になっただろう。

重須で“想酢”が作り出したもの。
それはただのご当地商品だけではなく、
絆や喜び、地域を見直すきっかけ、そして成長。

この取り組みは今年で4年目。
好評につき年々出荷本数を増やしている。
そのたびに、新しい社員や農家さん、ボランティアの方が増えている。

そんな想いのたくさん重なり合った“想酢”。
素敵な出来事を想像しながらこのお酢を味わってみたい。

≪参考≫
NOVARESE CSR 活動報告

≪販売場所≫
オーモス
金岡直産市
JAふれあい市・長泉産直市
西部産直市KU~ら
JAなんすん(沼津みなと新鮮館内)

朝5時から営業するおにぎり屋の想い

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“基本の丁寧に握るってことを大事にやってます”

沼津港から橋を渡り西伊豆の玄関口に朝5時から営業する松風軒がある。
手作りのおにぎり、から揚げ、お弁当など地元の人から観光客まで人気のお店だ。
種類豊富なおにぎりのなかでも、あじの干物やあしたか牛など地元食材が目を引く。
食材へのこだわり、人気の理由を二代目の浜村直洋さんに訊いた。

●浜村さんはお店を手伝うようになってどのくらいになるんですか?
「僕は高校卒業して大学に行ってそのまま東京で就職したんです。10年前に沼津に帰ってきたんです」

●サラリーマンだったんですか?
「そう、まあいろいろありますよね(笑)」

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自然のサイクルの中で

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魚の放流と聞くとなんとなく可愛いイメージが湧くが、その数が10万匹(!)となるとそうも言ってられない。
場所は内浦、江梨中間育成場。
通常の漁を休み、コストをかけてまで放流をおこなう理由を静岡県漁業振興基金の影山さんに訊いた。

干物を産業にしたパイオニア

“いろいろ失敗したからわかることがあるんです”

沼津で干物を本格的に産業として築き上げた羽野水産。
50年前は沼津産と謳っても全く売れなかったのが
「沼津といえば干物」と言われるようになった。
海の恵みを多くの方に提供したいという信念。
この想いの実践が干物の流通革命を生み出し沼津の干物をブランドにしたようだ。
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久保田社長が干物産業の歴史と今を語ってくれた。
鮮度が大切な干物。
かつては製造して次の日には売らなくてはならなかった。
そこで冷凍の技術を生み出したのが先代の社長。
そうすることによって日持ちが1日延びた。
(この当時、保冷車や売り先で冷凍庫がない)
1日だけだがこの1日が大きい。
鮮度を保った状態での輸送が可能になったのだ。干物の需要は一気に加速した。
トラック輸送が可能になり、当時競争相手が少なかった関西へ積極的に販売。
たちまち沼津の干物は売れるようになった。
鮮度を保つための挑戦、段ボール、保冷箱…
沼津スタイルの干物の流通を他県の業者も真似をするようになる。

沼津でも新規参入の干物屋が一気に増えた。
一時は300軒近くの干物屋があったが現在は食生活の変化や海外製品が増えたりと、需要が減り100軒まで減少。
このような状態の中でも常に時代の変化に合わせて色々な工夫をしてきた。

加工工場の中を見せてもらった。衛生管理のいきわったった作業場には魚臭さはなく、この日は鯵や金目鯛など種類、産地、大きさが違う10種類ほどの魚が加工されていた。材料の魚を解凍する機械や塩漬けをする機械など数種類の機械がある。
よりおいしい干物をたくさんの人に届けられるように機械もオリジナルで作り上げてきたものだ。
最初に電気で乾燥をさせる機械を作ったのも羽野水産だそうだ。

機械の奥では職人が、見事な手さばきで次々に魚をさばいていた。
一瞬で驚くほどきれいに取れる内臓、そして均等に開かれていく魚たち。1時間で一人約250枚。
熟練の技は最低でも半年はかかるそう。機械と手作業が相まって干物産業を支えている。

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羽野水産の工夫は機械設備だけではなかった。
その一つに「銘茶干し」がある。
品質にこだわり添加物を使わない。
銘茶干しは、味付け工程でカテキンの豊富に含まれた4種類の静岡県産緑茶の煎出液に溶け込むことで、酸化防止をはかり、同時に魚特有の臭さを抑え、冷めても身の柔らかい開きを実現。
また水も駿河湾深層水を100%使用し、魚本来の旨みを引き出すことに成功した。

魚によって塩の吸収される時間が違ったり、魚を洗う行程のある干物作りで緑茶が流れてしまわないような工夫など、何度も失敗を繰り返しながら技術を蓄積していった。

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また、食べ方の工夫もある。
干物をどうやってたべるか。焼くだけじゃないのか?と思いがちだが、沼津の学校給食では「干物の素揚げ」が出される。
羽野シーフーズではこの素揚げにぴったりな小ぶりの鯵の開きを販売している。

骨まで食べれるサイズの鯵に揃え、揚げたときに塩辛くならないよう通常の干物よりも塩に漬ける時間を短く、目玉は揚げると固くなるのでとっておくという徹底ぶり。

現在は、沼津港で食べられるカリアゲひものバーガーや、沼津カリアゲひもの研究会が色々な場所で干物の素揚げを販売している。
その一つとして沼津自慢フェスタ2013でもこのカリアゲ干物を食べることが出来る。
干物をもっと身近に感じてもらえるのではないだろうか。

マルハチ金龍丸水産

“やっぱりどこかで誰かが本物をつくっていかないと”

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沼津の干物といえば全国に通ずるブランドである。そこには生産する“人”がいて、その人の“想い”がある。
その声を届けたい、そんな気持ちで志下にあるマルハチ金龍丸水産にお邪魔した。
応対していただいたのは代表の濱道本臣さん。一見強面だが(失礼!)干物に対するこだわり、熱い気持ちがビシビシ伝わってくる。

02

●まずどうして沼津で干物が発展したのか教えてください。
「沼津は干物が発展するのに立地条件がいいんです。
日照時間や湿気、あとは浜風!僕が調べたところ、技術的には小田原から伝わったそうです。
家内生産みたいな感じでやっていたものを改良して、いかに効率をあげるかやったひとが沼津にいたんです」

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