Author Archives: 佐伯

柔らかい光、優しい空間で写真を撮ること

夜にビルの3階でなにやら怪しく光る部屋があるので気になっていた。
入り口は美容院の中、特に表札もでていない。
何だろうと部屋に入ると真っ白な部屋、そしてデスクトップのパソコンが並ぶ。
殺風景な景色の用で柔らかい光が入り、優しい空間がそこにはあった。
すこし特別な隠れ家的な場所を見つけた気になるここは写真スタジオだ。

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※駐車場側から撮影

オーナーの梁さんにお話を聞いた。
どうして写真屋になったのですか?という質問に
“横文字の仕事に憧れてたんだよ。その当時、大学の写真科は実技がなかったから行ってみた、それだけ”
と照れくさそうに答える。

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自分のやりたかったことをやりながら暮らしていくのはそう簡単ではない。
ただ、人の縁を大切にし、やってみようという一歩を踏み出せるのかどうか。

写真屋になろうと思い、
九州の大学を卒業した後、いくつか地元の写真スタジオで修行をした。
その一つのスタジオでオーナーがスタッフの独立を応援していたこともあり、
その第一号として、会社に間借りをし一人で写真スタジオを始めたそう。

その後、縁あって通っていた美容院の3階のスペースが開いているので写真館にしようという話になり
今の場所が始まった。
今年で3年目となる。

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リノベーションをし空間は太陽の光が多めに入るスタジオになった。

自然光で撮影するときもあるし、ストロボで撮影することもある。
そのときそのときの時間帯でかわるベストな方法で写真を撮影していく。

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毎回その都度、撮り方を変えるのは大変だからいつもストロボで撮ればいいのにと聞いてみると
“目的はきれいに撮ることだから”と。

その日その日によって変わる。
自分だけでなく環境もその日その日で変わり
沼津の自然がおりなす空気で写真を撮っていく。
それは“ちゃんと写真をとってもらう”ことをする特別な想いに+αの楽しみがある。
その日の気分で狩野川で撮影なんてことも。

学校の記念写真やウエディングフォト、家族写真、七五三など
あらゆる記念日にも対応。
出張もしてくれる。
1階にある美容院を利用することもできるのでスタイリングからお任せできる。

写真を記念日にとるのもいいし、
ちょっと天気がいい、いいことがあった、気持ちを切り替えたい、髪を切ったなど
自分で特別な日をつくってもいい。

さまざまな要素が相まって一番自分らしい表情が撮れる場所。

それは梁さんのこんな言葉にも現れている。
”地元に想い入れがあるなら、仕事は自分で作るしかない”
そのやりたいことをやりたい場所で素直にすることで縁も集まってくる。

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梁さんが生み出す沼津のリズムと一緒に
自分らしい写真をとってみるものいいと思う。

ミノリフォトワークスタジオ
沼津市魚町21 植松ビル3F(入り口は1FのADESSOと同じ)
tel:055-919-5871
fax:055-919-5872

歌舞伎を見る~沼津の段~

浄瑠璃や歌舞伎の題材として敵討ちがある。

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その題材の中でも有名な一つに沼津での物語がある。
それは伊賀越道中双六(いがごえんどうちゅうすごろく)の“沼津の段”だ。
敵を追う主人公たちの移動につれてさまざまな人々の義理と恩愛とにからんだ悲劇が次々と東海道筋に展開されていく。
沼津警察所裏の狩野川のほとりに、この物語の地蔵尊があり毎年7月にお祭が行われ沼津の人々に親しまれている。

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「沼津の段」は屈指の名場面とされ、親子兄妹の悲しい対面の物語が感動を呼ぶ。
この沼津の段は単独でもたびたび上演されるほど。

今回はその沼津の段が上演されるということで国立劇場に歌舞伎を見に行った。
さらに今回は通し狂言の伊賀越道中双六(いがごえんどうちゅうすごろく)。
江戸時代後期から一つの演目を通しで上演することは珍しいらしい。
前後がわかるということでより沼津の段がよ楽しめるとのこと。

国立劇場(本館)PR用データ 030

国立劇場は半蔵門駅から徒歩3分、正面に行くとのぼりやちょうちんが飾られている。

パンフレットを買って席に着く。

国立劇場(本館)PR用データ 032

まずパンフレットで物語の内容を確認。
人それぞれだがある程度物語をわかったうえで見ることによって
理解しながら見ることができるのでちょっとしたユーモアにも気づくだろう。
加えて音声案内を借りるのも手だ。

幕が開き、着物に身をつつみ独特な化粧をした女形の人たちが話し出す。

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“思ってたよりも言葉が聞きやすい”
のが第一印象。
歌舞伎に対して“難しい”と思ってたがそんなことはなく
すんなりと入り込むことができた。

そして舞台の両端には
語り手と尺八、太鼓。。。
生の音色が響き渡る。

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歌でもなくでも、ただしゃべっているのではない独特な語り口調。
そして客席から名場面などで「よっ!」という声や各役者の所属先の名前を呼ぶ声が飛ぶ。
慣れていない私は、驚くことが多い。

歌舞伎では休憩が何度かある。
一番長い35分間の休憩で多くの人はお昼をとる。
開演前にレストランの食事も予約でき、
ビーフシチューやチラシ寿司などバリエーションも豊か。
もちろんお弁当やサンドイッチも売っている。
持ち込みも大丈夫だ。
開演中は食事はできないが休憩中は客席でご飯を食べても大丈夫だそう。
私はローストビーフサンドイッチ800円を買って外のベンチで食べた。

つかのまの休憩をはさみ、3幕はいよいよ沼津の段。
最初の屋敷のセットはがらりと変わり
富士山と松。そして川。
親しみ深い景色へと変わる。

そして会場の中を役者があるくというサプライズも。
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東海道宿場町、沼津。
1里と短いながらもかつてあった三枚橋城と狩野川を迂回するようにかくかくと曲がり進む道。
その面影は今では看板などささやかながら沼津に残っている。

会場のロビーには土産物屋やお弁当屋などが並ぶ。
歌舞伎揚げのお菓子のパッケージでおなじみのカラーにちょうちん。
ちょっとしたテーマパークのようでわくわくする。
今回は沼津の段と絡めて沼津物産協議会による店舗も出店していた。

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お茶、ひもの、平作もなかなどの沼津を代表する物産が並ぶ。

伊賀越道中双六をテーマにした「平作もなか」を創業よりつくるいせや本店代表の居山直行さんに話を伺った。
いままでも小劇場では演目がかかるときに販売していた。
今回、初めて大劇場平作もなかが並ぶ。

なぜ平作もなかが出来上がったのか。
“戦前戦後このあたりは大きな企業でいっぱいだった。
その中で、接待につかう料亭やお土産に菓子屋、
このあたりのお店は新商品を作ろうといつも考えていた。
その中で先代がこのテーマに目を付けたのが始まり”

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いせや本店が題材にしているもの、
平作のほかにも、江原素六や千本松、狩野川。

決して、派手ではないが地元になくてはならないもの。
そして地元のベースを作ってきたもの。

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今では国立劇場と一緒に物産を販売や企画をしたりと
歌舞伎にも力を入れている。
修行をしていた大阪のお店の近くにも浄瑠璃の劇場があったらしく
“歌舞伎を題材したお菓子を作り、今こうやって歌舞伎にかかわっているのは運命なのかも”
と。

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沼津という地が過ごした時の流れ。
その流れを歌舞伎で表現すること
お菓子で表現すること。

東海道が残していく物語、そして伝統芸能である歌舞伎は
今もこれからも続いていく。

国立劇場
東京都千代田区隼町4-1
TEL:03-3265-7411
★通し狂言伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく) 四幕七場は2013年11月26日(火)まで開催中

いせや本店
静岡県沼津市幸町2番地
TEL:055-962-0222 / FAX:055-962-0223

沼津を見てきたタウン誌“狩の川”

“地元で育った強み。信頼があったからできた”

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準備期間の半年を経て
昭和42年12月5日、“狩の川”という配布無料のタウン誌ができた。
今ではフリーマガジンは見慣れたものとなっているが当時は新しかった。
銀座百点という銀座でも人気のタウン誌を模範にしてできた第1号。
その後、10年間、突然来た最後、昭和52年11月20日発刊の64号まで続いていく。

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内容はなかなか衝撃的なトピックスも、
「かっこいい」や「遊び」をテーマにしたり
独特の切り口で沼津の校歌を特集したり。。。
商店街の紹介もインタビューから商品紹介まであらゆる手法で書かれてある。
今読んでも“おもしろい”と読みこんでしまうタウン誌である。

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今回この“狩の川”の編集を務めた花村邦子さんに伺った。

沼津へ戻っていた、東京でシナリオライターをしていた花村さんのお兄さん間藤守之さんに
東京の会社から企画としてタウン誌を作らないかと話が合った。
だがお兄さんはそれを断った。
胸の内をきいていみると“自分の生まれ育った沼津。
よそのから入ってきた企画のタウン誌はつくりたくない”と。
その気持ちを聞いた花村さんは兄の気持ちを汲んで“私がお金をだすからつくればいい”と後押しをして始まった。

センター街(現上土商店街)を中心に相談方々、広告を出してくれる会員のお願いにお店をまわった。
あっという間に77件の会員が集まったという。

今までなかったことにこんなにも寛大に応援してくれる。
その理由。
“信頼はすでに親、兄弟が培ってくれていたから”
初めの一歩はもう踏み出していた。
自分の力だけではできなかったと気づいたという。

“お前たちがやるなら応援するよ”
街に人たちの言葉。

そしてなにより花村さん兄妹の力で出来上がった。
スタッフの人数は増え、さらに顧問に映画監督の故五所平之助さん(三島在住)や
執筆にお菓子放浪記の西村滋さん(元沼津在住)や大御所詩人の大岡信さん(三島在住)などの
多くの文人の協力も得ることができた。

時代も変わり10年もフリーマガジンを続けていくことは
大変なこともたくさんあったという。
子供を育てながら編集、取材、そしてスタッフのマネージメントをしながら街を見つめた。

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“でもねクラブ活動のように楽しかった”
その言葉がとても印象的だった。

狩の川が花村さんにもたらしたものは
辛さも、苦しさも、楽しさも、すべてものを“かけがえのない経験”にした。

“狩の川は地元の人に育てられたから10年続いた”
と花村さんは言う。

広告で成り立っているタウン誌というのは育ちにくく続けていくことは難しい。
その中で育てられた狩の川。

その当時も会員になり狩の川を支えてた一人である
井筒屋の片岡さんもいう。
“狩の川は沼津の商人の心意気をよく伝えてくれた”と。

“数年後に図書館にファイルされてあることを人から聞いたの。
大事にされてきたことがわかった。やってきてうれしかった”
と花村さんは言う。

実際に今も町には大事にこの“狩の川”を大切にしている人がいる。

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今の時代にフリーマガジンを大切にとっている人は何人いるだろうか。
それほどこの“狩の川”がみんなに与えたインパクトは大きく、
そしてみんなに育てられたことが伝わってくる。

“時代が早すぎたの”
花村さんはおっしゃっていた。

私はこの冊子が過去のものには思えない。
それはこの地域の“人”の本質をとらえ感性豊かな内容だからであろうか。

私自身も“狩の川”に出会えたことは嬉しく、刺激的に感じる。
私たちが出しているこの沼津ジャーナルも、
時代を越えて大切な存在になりたいと心から思った。

今も育ち続けている狩野川。
そしてそれを守る街の人たちによって今も育てられていると感じた。

眼鏡を選ぶ過程を楽しむ~グラスファイン~

【2013年の記事です。現在は記事のサービスを施設で提供しておりません】

駅から歩いて上土商店街にはいるとすぐグラスファインというメガネ屋がある。
中にはきれいに並べられためがね。
それはどれもこれもデザイン性に富んでいる。
そしてオーナーの荒川さんの雰囲気と相まって落ち着いてもいるし、あったかい雰囲気もある。

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実家は眼鏡屋。でも眼鏡屋になりたいとは思わなかった。
だが、東京に行きたかったという理由でメガネの学校に通った。
そのまま大手メガネ店に務めるものの楽しいとは思わなかった。
むしろサーフィンに没頭していた。
そして静岡に戻り、実家を手伝いながら海で遊び
貯めたお金で時計の学校に通い、時計を修理する職人になろうと思っていた。

そんな荒川さん、今は眼鏡屋。

その理由。
たまたま大阪に先輩が独立してメガネ屋をオープンさせるということで遊びに行った。

“いわゆるこういう(今のグラスファインのような)メガネのセレクトショップのようなスタイルの
メガネ屋をやっていたんですよ。
その人が人間的に魅力がある人だったことも合わさってこれはやばいなと。
こういうスタイルだったら眼鏡屋をやってもいいなと思ちゃったんです”

その帰りの新幹線でメガネ屋をやる決意をした。
次の日から物件を探し始め1年ほどでスタートさせる。

最初のイメージ、
それは駅から離れたちょっと静かな商店街の中で
小さな眼鏡屋をやること。

まさに今のお店。

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静岡東部でやるならなんとなく沼津とおもっていたのだが
当時はデパートも多く条件にあう空き店舗がなかった。
納得はできなかったがもう探し始めて1年がたっていたので
どこでもいいからやるかと、物件が決まりかけた帰り道、
上土商店街にポンと空いている所。
すぐ電話して見せてもらい、即決。
たまたまその日に空いた物件だった。

“目的のある人が来てくれる距離感”
お店を始める時は不安が大きかっただろう。
実際に聞いても、

“最初は全然うまくいかないですよ
最初の2~3年は生きた気がしなかった”

セレクトで眼鏡屋をやっているのはなかなかなかった。
だがお店をはじめて13年、確実に築きあげてきたものがある。
荒川さんのお店には大切にメガネを選ぶ人が来る。
メガネをとにかく売るのではない。

“お客さんにとって一番気に入ってもらえるもの
一緒に選びたいんです”
と荒川さんは言う。

こだわりぬいてセレクトされたものは
デザインも、品質もよく、
何よりその人の新たな自然な空気感をつくる。

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以前、私も仕事を辞めた時に心機一転しようと
メガネを買いにった。
何度も何度も通い、
2か月かけてメガネをやっと決めた。

毎回一緒に悩んでくれ
“気に入ったら買えばいいよ”
と言ってくれた。
そして大切な一つを買うことができた。

“人が人のためを想って作ったものを
人が想いを込めて人に紹介する。”

≪グラフファイン≫
沼津市上土町72-5
TEL055-954-3663

御用邸で沼津の恵みを食す~松間の饗宴~

今日は11月9日、10日と開催される松間の饗宴の初日である。
松間の饗宴は11月2日から始まった松籟の宴の中の一つのイベントである。

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秋の恵みを味わうひとときをテーマに、
御用邸記念公園の本邸奥庭で行われた。
草月の作り出すダイナミック竹のモニュメント。

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そして沼津の家具作家OFCのテーブル。
その上にはドイツで修業をした女性オーナーが営むアコルトの花。

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庭園の空間に料理人が集まった。

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リバーサイドホテルのかの川、
フレンチのSHORE、イタリアンからはサンテラスキッチン。
それぞれシェフたちが腕を振るうのを目の前で見ることができる。

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さらに麦豚工房石塚、フジヤマベジを提供するREFS。
そして、OPERA、魚ぶん、イルパリオ、LOTUS SWEETS、御殿場からはふじやまプロシュート。

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今回特別に用意された沼津の食材をふんだんに、そしてお店のカラーで仕上げていく。
大中寺芋、深海魚など沼津港市場の水産物、丹那牛乳、戸田塩など。。。

アルコールも白隠正宗やベアードビールの地酒もそろった。

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沼津ジャーナルでも取材を重ねてきた。
その一つ一つが集結し、形になった。

今回はこの話を聞きつけてきた東京からのお客さんや、
明日沼津アルプス縦走する方たちも来ていた。

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チケットを買い、思い思いの料理を買っていく。
そして松林の中で特別な時間を過ごす。

ステージでは琴の演奏もあった。
波の音と松林の中に今だけの特別な空間が気持ち良い。

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明日は天候が雨になるため東附属邸で行う。
東附属邸でこのようなイベントをするのは初めてだ。
歴史を感じる空間でこの地域ならではの恵まれた秋の食材を味わう。
出店店舗の入れ替わりもあるのでまた違う“食”と“空間”を味わえるだろう。

松間の饗宴
明日は最終日!

本物に出会う経験をする場所~まきじ きざし~

【2013年の記事です。】

“職人にはこだわりがなければならない。
職人はひとつひとつ丁寧に教えたり、伝えなければいけない。
リードするのが職人である”
そう話すのは狩野川のすぐそばに店を構える
まきじ きざしの大将、小田島長次さんである。

まきじ きざしは東京日本橋で修業を積んだ大将による
沼津を代表する料理屋だ。
沼津でお店を構えて20余年になる。

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料理人ではないお客さんが
料理を食べる時、
この食材が安全かどうか。
これは違うと気付く人がどれだけいるか。
多くの人は気づかないだろう。
嘘偽りのないものが並ぶのが大前提だから。
それを真摯に守り、伝えていくのが料理人だとまっすぐと伝えてくれた。

料理屋で食べる楽しみの一つとして料理人からの説明がある。
うるさく言われることや押し付けられることが嫌だという人もいる。
だからこそ“信頼関係”が必要だと。

“静岡には「本物」がある。
わさび、お茶、魚。。。
こんなに豊かな本物を使わないということはもったいない。
そして静岡の良さ、沼津の良さも含め、その「本物」を料理人は伝えていかなければいけない”
と言う。

だが、最近では国産の“本物”を使うとコストがかかってしまう。
だからといって同じものを冷凍や海外のもので代用しようとしても意味がない。

貴重なものは貴重なまま、本物のまま食べるのが必要に感じた。

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時代の流れとともに失われつつある本物。

“職人ができること。
それは本物だけど貴重ではない食材に手をくわえ上手に使うこと。
そして貴重な食材と合わせて使うこと。”

たぶん本物に触れることは努力しないとできないのだと思う。
緊張してもお店に行ってみる。
食べてみる。
お金を払ってみる。

毎日というわけではない。
記念日や嬉しい事があった日。。。
私たちの意識が本物をどんどん手の届かないところに追いやってしまう。

食材もそうだが器やカウンターにもこだわりがある。
白の漆で塗られた真っ白のカウンター。
出会ったことがなければ扱いも変わってくる。
器も欠けてしまっても金継をして大切に使う。

大将が一生懸命つないでくれている、
本物との懸け橋。

“本物がなくなる世の中なら生きていてもしょうがないですから”
大将のまっすぐで嘘偽りのない言葉。

伝統を守り続けてくれることで
失われない“本物”
本物に出会える靜岡という場所。

料理屋に入るときもう一つのポイントを教えてもらった。
作法や食材など、わからないことは聞くこと。
そして、
“なにかを持って帰ること。
純粋に勉強したい、知りたいと思うことは料理のことでも器のことでもなんでも聞いてください。
このお浸しおいしいですね、どうやって作るんですか?というのでもいいんですよ。
素直に美味しいって感じてくれて聞きたいって思ってくれれば料理人は喜んで答えます”

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本物がある場所で学べることはたくさんある。
本物に出会わないと学べないことがたくさんある。

まきじ きざし
沼津市魚町5番地201-1(シャリエ御成橋2F)
電話/FAX 055-951-0223

営業時間:昼席 12:00 ~ 14:00 夜席 17:00 ~ 21:00 日曜日休み

文学の宝庫、沼津~よみものや/文学サロン 山羊文庫(yagibunnko)~

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【2013年の記事です。】

今年の5月末、
沼津にひとつかわいらしい古本屋さんが表れた。
それは“よみものや/文学サロン 山羊文庫”
ホームページでの販売とイベントでの出張販売や朗読会などをやっている。
山羊文庫のオーナーは27歳の古根村優佳さん。

若き女性オーナーの営む古本屋は文芸書しか取り扱っていない。
それも純文学。

なぜ文芸書しか取り扱っていないのか。
もちろん純文学が好きということがあった。
がもう一つ。“沼津には文学豊富”なことに目を向けたのだ。

井上靖、大岡信、芹沢光治良、若山牧水。。。
数々の文士とゆかりのある静岡県沼津市を、
読書を通じてもっと人とヒトが繋がることができる街にしたいと思い開店した。

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その原動力となったのが
“沼津で生まれ育って、やっぱりさみしいと思ったんです”
という思い。

正直古根村はさんは沼津が盛り上がっていた頃を経験している世代ではない。
それでも沼津にさみしさを感じる。
自分たちが生まれ育った街をよりよくしたいと思うことは自然なことだった。

大好きな文芸書が沼津を盛り上げると感じた。

“「沼津は文学の街なんだ。」と、市民がまず自覚し誇りを持ち、そのうえで県外にアピールしていけたらと考えています。
山羊文庫として力を入れていきたいのが、古本の販売だけではなく、人と人を読書を通してつなげることです。
読書は本来一人でする行為です。その一歩先へ踏み出してみませんか?という提案です。
「読書で人と人を繋げ、そして沼津という街の扉を開きたい」これが私の挑戦したいことです”

その想いで“よみものや/文学サロン山羊文庫”を商いとしてやることを決めた。
準備期間は半年、古本を扱うためにその業界のことを調べ上げ、古物商の資格を取り、ホームページを作り、
本を仕入れた。
古本屋の横のつながりの深さを知ったり、文学館とのつながりができたり、
今では各イベントに参加したりと発展途上のyagibunnkoの発見は続く。

写真 (3)

ただ文学に親しんでもらうだけでなく“つないでいく”ことを大切にしたい。
そう思ってから、最初にやりたかったブックイベントも少しずつ開催できるようになった。
“文学”が紡いでいく沼津とひと。
古根村さんのかわいらしい笑顔としっかりとした想いで沼津の素晴らしい文化が再発見されていく。

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→大好きな上土商店街にある本を読む像と一緒に

★イベントのご案内★
第一回 本のはなしをいたしましょう
開催日:11月17日(日)
時間:13:00~15:00
場所:リヴァージュ洋菓子店
沼津市下香貫柿原2885-2
055-931-4215

よみものや/文芸サロンyagibunnko
tel:080-2613-4563

生き続ける味噌

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昔、農家ではどの家でも自家用味噌をつくっていた。
手間のかかる味噌作り。
時代とともに味噌を作る家は少なくなっていった。

味噌や醤油、金山寺味噌の製造販売をする三島の渡辺商店の渡辺勝利さんと奥さんのきみ江さん。
“ただ昔からの味をまもっているだけです”
お父さんに教えてもらった味を守って今も味噌を作っている。

もともとお父さんの代から続く米などの農家だった。
近所の人にたのまれ農家の傍ら醤油やみそをつくっていた。
勝利さんの代になって45年。

お母さんが嫁にきてから二人きりでお父さんの味を守っている。
あくまでも“二人でできる範囲”
だから手作業で丁寧に作っている。
防腐剤も化学調味料をつかっていない。

渡辺商店では自家製の麹も作っている。

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時間もかかる。
でも守り続けるべきものがある。
その思いはとてもシンプルなもの。
“やってきたからこれからもやっていく”

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化学調味料などがなかった時代から味噌を作っていた。
時代の移り変わりとともに防腐剤などが使われるようになった。
だが使うとなんだかうまくいかなかった。

現代の流れに合わせて食の講演会など勉強も怠らない。
化学調味料などを使わなくても、素材の味、そしてお父さんの味を守れるように。

手のかかった味噌は、
味もにおいも一辺倒ではない複雑な風味。
とてもふくよかな味。
香りが良く、それは生きているにおい。

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あるとき、昔から渡辺味噌を愛用しているおじいさんが
カビが生えた!と喜んで連絡してきたそう。
無添加の味噌にはカビが生える。

カビが生えないように防腐剤をいれて菌を殺してしまうのではなく
味噌をちゃんと生きたまま届ける。

何もかもがきれいに、人間が発酵や細菌とともに作り出してきたものも殺してしまうのではなく、
ちゃんと共存するという意思がそこには見れるような気がする。

“手だけはほめられるの。どんな化粧品つかってるの?って”
とおちゃめに答えるお母さん。
酵母菌に囲まれたお二人は本当に元気。
ふたりともよくしゃべり、肌がつやつや。

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古き良きものをちゃんと知ってて、それを守り続ける。
めんどくさいことをめどくさいままやっている。
一見頑固なようだが、その頑固さが信頼できる。

“この味噌はうちのじゃないんだ、味噌をあずかってるんだよ”と。
自分で作った味噌の仕上げをしたり、材料だけを持ち込んで味噌をつくることも引き受けているそう。

気持ちのいい感じ。
人も味噌も生きていることを十分に感じているからこそできること。
最後に一番おいしい味噌の使い方は?と聞くと
“やっぱり味噌汁だね!”
そう笑顔で答える勝利さん。
あったかなお味噌汁が飲みたくなった。

≪渡辺商店≫
〒411-0035 三島市大宮町2-6-26
TEL:055-971-6370

竹が表現する世界

沼津ならではの「食」、「歴史」、「文化」といった資源を活用した松籟の宴(しょうらいのうたげ)が今年も開催される。

竹のインスタレーションが御用邸の庭園を彩る。
長年続く、草月流による沼津御用邸での竹のインスタレーション。

そもそも始まったのは以前、草月流の家元 勅使河原茜さんが
御用邸をとても気に入って、ここで竹のインスタレーションをと提案した。
草月は“竹”を使うことを得意としており、
沼津も伝統的な沼津垣があったりと竹にはなじみが深い。
ということで始まったこの共演。
今年も松籟の宴でコラボレーションする。

10月18日から東京や静岡から草月流の方々が集まり約280本の竹を使用した製作が始まった。

竹は次々と形を変え、命が宿る。

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1つのインスタレーションに10人くらいのスタッフが力を合わせて形作っていく。
その姿はいけばなを行けるイメージとはかけ離れ、
脚立や電動ドリルなどを使い、
竹の力強さに負けないように、まるで家を建てるように作られていった。

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細く竹を割いたり、
丸くしたり、
幾重にもかさねたり。

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まっすぐに伸びる竹にこんなにもいろんな表情があるのかと驚く。

男性チームも洗練された技術を駆使し作り上げていった。

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よりまっすぐに、勇ましく。
矢来をモチーフにした竹のトンネル。
角度をつけ、高低差がついた竹のトンネルを作ることは難しい。

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この竹のトンネル抜けると各チームが力を合わせて作った竹のインスタレーションが並ぶ。

御用邸を守るため海風を耐え、斜めにはえる松の木とまっすぐ伸びる竹が一緒に背景を作り出す。

草月のいけばなは「型」にとらわれることなく、常に新しく、自由にその人の個性を映し出す。
いけ手の自由な思いを花に託して、自分らしく、のびやかに花をいけていくことを大切にしている。

伝統と技術と自由。
そして“自分らしく”
それはどこか沼津と似ている。

今回もそうだ。
伝統ある御用邸で沼津ならではの新しいプログラムが行わる。

松間の饗宴

11月9日(土)10日(日)にアートの中で食事会も行われる松間の饗宴

御用邸の松林の庭と竹のモダンなアートの共演、
食材と沼津のシェフたちとの共演。

刻まれた歴史、貴重なものたちの中に
新しい時代のエッセンスが加わる。

いつもとはまた違う世界を楽しんでもらいたい。

この草月流の“竹のインスタレーションアート展”は
11月2日(土)~17日(日)9:00~16:30
に御用邸園内で行われる。

沼津市制施行90周年記念事業 沼津御用邸記念公園 松籟の宴 2013
→くわしくは■こちら

育てるスプーン

“ものを育ててください”
小野さんが商品を買った人に必ず伝えるこの言葉。

プラスチックなどとは違って銅と真鍮は使いながら
どんどん変化していく。

色や形、使いながらどんどん自分らしい表情をみせてくれる。
いつまでたっても飽きないのが小野さんのプロダクトだ。

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おじいさんのころから
神社の飾りなどを作る銅細工の職人の家系に生まれた。
時代の移り変わりとともにだんだん仕事が減ってきた。
その中でもっとやれることはないかと日々探していた。

そんな時、美術館で金で作られたコップをみた。
これなら銅や真鍮でも作れると思ったのがきっかけで趣味でまずはスプーンを作った。
そしていろいろなものをつくるようになった。

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それを見た娘さんからクラフトフェアへの出店をすすめられ
販売するようになった。

小野さんの熟練の技と柔軟性。

ロットンでも売れ筋商品である
おろし金スプーンは
最初はおろし金だけだったが、お客さんの声をきいてスプーンの形に変えた。

小野銅工店02

かわいらしい都道府県の形をしたバッジも
行くところ行くところで増えていく。

さらに子供たちにむけてワークショップも始めた。
“初めはできないかもと。。。という子供たちも出来上がると飛び上がって喜ぶ、
その姿をみるのがとてもうれしい”
とやさしく答える小野さん。
銅や真鍮を作ることに触れるチャンスはなかなかない。

小野銅工店04

子供のころからものづくりに触れること。
“育つ”プロダクトに触れること。
それは特別な体験。

大人も子供も“ものを大切にする”
当たり前のことを思い出させてくれるような小野さんのプロダクト。

一つ一つ手作りで形が違う小野さんのプロダクト。

“それもご愛嬌で”と小野さん。

ひとつひとつ丁寧に、全く違う表情は
自分にしかないお気に入りの一つに出会える。

スプーン一つ。
他の人にとってはなんでもないかもしれない。

でも丁寧に使うことによって
数年後、一緒に年をとり、一緒に素敵な瞬間を共にする。
もしかしたら落ち込んだときにあったかいコーヒーと一緒にそばにいてくれるかもしれない。

“ものと一緒に育つこと楽しんでください”
小野さんの言葉はそんな風にも聞こえる。

≪小野銅工店≫
沼津市真砂町19-4
TEL:055-963-1205