Author Archives: 下山

つまみ食いから始まったオイルサバディン~かねはち~

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“サバ節の加工工程で他の食べ方ができるんじゃないかと思ったのがオイルサバディンの始まりです”

オイルサバディンを手掛けるかねはちの専務取締役、小松正人さんはその起源を説明してくれる。
サバ節を作る工程を知る社長のつまみ食いからオイルサバディンは始まった。
幼少の頃から工場で燻製して乾燥した出来たてのサバを食べてきた社長、沼津のサバを世に送り出したいという想いが食文化が変わっていく現在、新しいサバの食べ方として商品化したのであった。

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沼津港の水揚げのおおよそ8割を占めるサバ。
そして鮮魚として飲食店や家庭の食卓へと届けられる以外に加工品としてのサバ節がある。
日本一の生産量のサバ節であるが、消費が落ち込み生産量も減っている。
伝統的なサバ節のノウハウを活かし、燻製の途中でオリーブオイルに漬け込んだ。
伝統の技術を活かしながら新しい商品を生み出し、消費者に受け入れられることが小松さんは純粋に嬉しいという。

“かねはちはサバが一番の取扱量でサバのおかげでここまでやってきました。サバディンがここまで受け入れられるというのは本当にありがたいことです”

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前職は自動車関連の会社でプロジェクトマネージャーを務めていたという小松さん。
かねはちに入社したのは今から6~7年前。
それから毎朝のように魚市場に行き、自分の眼で魚を見極めている。
早起きには苦労したが、鮮度が重要となる仲買人の仕事に魅力を感じているという。

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もともと沼津港にあがる鮮魚の仲買を主な業務としているかねはち。
かねはちとしての最初の加工商品がオイルサバディンであった。
そんなオイルサバディンのおすすめの食べ方を小松さんに訊いた。

“個人的にはマヨネーズとあえてサンドイッチにしたり、おにぎりにしたり、シンプルな食べ方が好きですね。癖のあるお酒、辛口の日本酒にも合うのでバーに置いていただいたりもしています”

また、こだわりの物産を置いている都内のセレクトショップでも好評とのこと。
ただのサバ缶ではなく、オイルサーディンでもない。
沼津のサバ節から生まれたそのユニークな商品。
自宅用として、またお土産としても人気の商品だけに是非一度試していただきたい。

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≪有限会社かねはち≫
沼津市蛇松町18-4
TEL:055-952-0001
http://oilsabadines.com/

眼鏡と共に127年~ヤシロメガネ~

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メガネの販売を始めて127年、上土商店街に店を構えたのが明治20年という老舗ヤシロメガネ。
江戸時代は桶屋だったというから商店としてのその長い歴史に驚く。
現在、店を引き継いでいるのは4代目となる八代泉さん。
もともとは東京の百貨店に勤めていた八代さん、メガネのことは何もわからなかったそうだ。

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“東京から沼津に戻ってきたとき、父と兄がいろいろと教えてくれました。あとは眼鏡の学校に通いました。やっぱり専門的にやるのであれば学校に行ったほうがいいかなと思いまして”

専門学校で2年間学んだ八代さんは日本眼鏡技術者協会の最上級資格であるSSS級認定眼鏡士に全国3人目の合格者として登録される。
メガネの専門職として学んだ知識や経験がメガネに対する絶対的な自信に繋がる。
そんな自信がトレードマークともなっている髪型に表れる。
自らが前面に出て注目を浴びることにより、仕事に対して責任感が湧くそうだ。

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“この髪型にして10年経つんですけど、目立つでしょ?だから、いい加減な仕事はできないんです。あとはお客様が緊張しないようにというのもあるんです”

初めてヤシロメガネを訪れる方が緊張しないようにすることは正確な視力を測定するうえでも必要なことだと八代さんは言う。普段のリラックスした状態でないと最適なメガネを作ることは難しいとのことだ。
全ては良いメガネを作るために。ヤシロメガネにはそんな想いが詰まっている。

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常用メガネの寿命は5~7年ともいわれる。
その都度、適切な視力測定、使用目的やライフスタイルにあったレンズ選定、フレーム選び、フィッティング調整など専門的で複雑な技術が必要となる。
だからこそ、メガネ作りは確かな技術を持つ信頼できるプロに任せたい。

“お客様とは長い付き合いになります。自分が生まれる前から通っていただいている方もいます。メガネとは、その方にとって人生の一部なんです”

メガネのことなら任せてください、笑顔でそう語る八代さんのプロとしての責任感、メガネに対する情熱を感じずにはいられない。

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≪ヤシロメガネ≫
沼津市上土町44
TEL:055-962-0896
http://846.co.jp/index.htm

歌人が愛した景色~沼津市若山牧水記念館~

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若山牧水は明治18年、宮崎県に生まれる。
旅を愛し全国を旅した牧水が沼津の自然、特に千本松原の景観に魅せられ一家で移住したのは大正9年。
そんな牧水の足跡と業績を貴重な資料を通じて知ることができるのが、沼津市若山牧水記念館である。

“この記念館はもともとは募金でできたもの。言ってみれば市民のものなんです”

記念館を運営する公益社団法人沼津牧水会の理事長、林茂樹さんは語る。

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昭和56年、牧水が最も愛した千本松原に記念館をと募金活動が始まる。
その募金により集められた約6千万円の寄附金が沼津市に納められ、昭和62年に建設されたこの記念館はまさに市民の手によって作られたものだ。
それは歌人としての功績を讃えると共に千本松原の保護に尽力した牧水を忘れないためのものである。

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“この記念館がここにあるということは非常に意味があり、責任があることなんです”

牧水が千本松原に隣接する土地に住居を構えてからしばらく後に静岡県による千本松原の松の一部を伐採する計画が起きた。
牧水はこれに反対して、『沼津千本松原』と題する文を新聞に投稿。
松の伐採に反対する市民大会では熱弁をふるうなど伐採反対運動の先頭に立つ。
その結果、県は計画を断念することとなった。
これは自然保護運動のさきがけともいうべき出来事であり、郷土の誇れる歴史である。

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林さんに展示室の資料を説明していただきながら館内を一通りまわった後、記念館の裏手から千本浜にでることとした。千本浜に下りてみるとそこからは松原と愛鷹山、富士山という景色が見える。

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“千本浜にでると牧水の心に触れたような気分になるんです。この景色というのは全国に誇れる景色だと思います”

都会の喧騒を離れ、沼津の自然のなかで生きていくことを決めた牧水。
牧水が愛し、歌に詠んだ景色は今も変わらずそこにあった。
牧水が市民と共に守った千本松原、その一角に市民の力で建てた記念館。
ここには牧水と市民の深い繋がりが確かにある。

≪沼津市若山牧水記念館≫
沼津市千本郷林1907-11
TEL:055-962-0424
営業時間:9:00~17:00 (入館の受付は16:30まで)
休館日:毎週月曜日 (祝日に当るときはその翌日)
料 金:大人200円 小人100円 (小・中学生)
http://web.thn.jp/bokusui/index.htm

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竹と共に暮らす~浅宮商店~

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“私は3代目なんですけど、まだ140年位しか経ってないです(笑)”

笑顔でそう語ってくれたのは沼津竹材センター浅宮商店の浅宮義和さん。
竹の専門店としてその歴史は古い。
当時は人の暮らしも現在とは異なり、竹は生活の中で多く用いられていた。
海からの風が強い沼津、その潮風から家や農作物など人々の生活を守った沼津垣もそのひとつといえる。
我入道や千本など海辺の町には多くの沼津垣があり、それを作る職人も多く住んでいた。
そんな職人に材料となる竹を卸していたのが浅宮さんだ。

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“沼津垣には箱根の篠竹を使うんです。竹は潮に強く加工もしやすいため、海辺の町の垣根としては都合がいいんです”

実用的にも景観的にも優れている沼津垣、その技術を持つ職人さんも少なくなった。
竹自体の需要も減った。一昔前はザルやホウキなど日常のなかに竹でできたものが多く存在した。
竹はもっと身近なものだったのだ。幼少期から家の仕事を手伝ってきた浅宮さんにとって竹は人生そのものであった。それを表すかのように浅宮商店には3階建てからなる竹のショールームがある。
ショールームの中には多種多様な竹製品、竹細工、美術品が所狭しと並ぶ。
ひとつひとつ嬉しそうに説明を加える浅宮さん、竹について話すことが本当に楽しいそうだ。

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“日本というか東洋の文化にとって竹はかけがえの無いものなんです”

文化を守るという強い気持ちが店を守り続ける姿勢となる。
より多くの人に竹に親しんで欲しい、そんな想いがショールームには詰まっている。
また、伝統的な沼津垣の技術を絶やさないよう、現在は4代目となる浅宮浩典さんが技術を継承している。
家族で守る文化や技術、そこからは沼津という土地の風土と共に生きた人々の暮らしが見えてくる。
竹に囲まれた店内で浅宮さんは振り返る。

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“竹屋の息子として当然店を継ぐように育てられましたからね。本当に竹に魅せられた人生です”

竹だけが並ぶショールームには浅宮さんの人生と情熱が詰まっている。

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≪沼津竹材センター浅宮商店≫
沼津市港湾蛇松町9
TEL:055-962-1878

漁師町が生んだ文学者を知る場所~沼津市芹沢光治良記念館~

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沼津市芹沢光治良記念館は昭和45年、スルガ銀行の会長だった岡野喜一郎氏が財団を設立、芹沢文学館として建設された。平成21年4月に沼津市に寄贈、同年10月に開館した。

芹沢光治良は明治29年、我入道に生まれた。
旧制沼津中学校、第一高等学校を経て、東京帝国大学経済学部に入学。
卒業後、農商務省に入ったが、官を辞してパリ大学に入学した。
パリ大学卒業間際に結核で倒れ、スイスやフランスの高原療養所で病を癒し本格的に筆を執り始める。

代表作である『人間の運命』は幼少期から青年期の沼津を舞台とした一大長編小説として有名。
その後、日本の文学の普及のため川端康成の跡を継ぐかたちで日本ペンクラブ会長を務める。

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そんな芹沢文学の形成において、生まれ育った我入道の影響は大きい。

“漁師町に生まれていますから本来は漁師になるはずだったんです”
説明していただいたのは記念館の館長、仁王一成さん。

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記念館が沼津市に寄贈され、半年をかけて掃除し、床を張り替え、外壁を修繕してオープンの状態に持っていった。

“その頃、資料は少なかったんです。あったとしてもボロボロですから。2階に展示するものもなかったから文化財センターから出土品の石器を借りて並べたり(笑)”

一番問題になったのは冷暖房といった空調設備が全くなかったこと。
夏は暑く冬は寒いという最悪の環境。
空調がないせいで、他の文学館から資料を借りるということも出来ずにいた。
それでも、来館者は年々増え、いまでは4000名を超えるようになった。
財団が運営していた当時の来館者が800名だったことに比べれば飛躍的な増え方である。
その後、念願の空調設備が入り、ようやく記念館としての環境が整った。

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“来館者を増やすというのは至上命題です”

仁王さんがそう言い切るのには理由がある。
実は過去に記念館は廃館、資料は図書館へ移動という話があがったそうだ。
その時、日頃は疎遠な地元の住民、我入道の住民が反対のために立ち上がろうとしたことが仁王さんは嬉しかったそうだ。

“本当に嬉しかったですよ。地域のための記念館でもあるんだなと思いました”

建築家、菊竹清訓氏の設計による鉄筋コンクリート造2階建の建物を見学に来る建築ファンや学生も多い。

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また、記念館の屋上から見る景色、特に駿河湾に沈む夕日は仁王さんのおすすめでもある。
この景色を楽しんでもらおうと屋上は常に解放されている。

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地元住民の誇りとしての記念館。全国の芹沢光治良ファンが集まれる場所としての記念館。
2階建のこの小さな記念館は建物以上の大きな意味を持っている。

≪沼津市芹沢光治良記念館≫
沼津市我入道まんだが原517-1
TEL:055-932-0255
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/shisetsu/serizawa/

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ツーリングの拠点~レンタルバイク沼津駅前店~

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整然と並んだバイクの数々、そのなかから自分の好みで選んでレンタルする。
選べるのはハーレーやNINJA1000、CB400などバイク好きにはたまらないラインナップだ。
仲見世商店街のレンタルバイク沼津駅前店。
レンタルは4時間から。
ここでは50ccスクーターから1000ccオーバーの外車まで豊富な在庫の中から目的に合ったモデルを選ぶことができる。
4時間2880円~20,880円と車種によって値段が変わる。
ヘルメットやグローブといったバイク用品も揃えているので、手ぶらで借りることも可能だ。

“ここでレンタルして伊豆半島一周したり富士山を一周したりと楽しみ方は人それぞれ、沼津はどこへ行くにもちょうどいい場所なんですよ”

そう語るのは店長の宮本宏治さん。

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初心者から数十年ぶりにバイクに乗るといった人までお客さんも様々だ。
そのなかでも多いのは40~50歳のお客さん。
若いころに乗っていたが結婚や引っ越しなどの理由で今はバイクから遠ざかっている、そんな方が多いそうだ。バイクに乗るとみんな笑顔になって戻ってくる、嬉しそうに宮本さんは言う。

“帰ってくるとどこへ行ってきたとか報告してくれるんですよ。皆さん、本当に楽しんでくれて。そんな笑顔を見るとこちらまで元気になりますね”

もともとバイクが大好きな宮本さん、お客さんとも自然に会話が弾むという。
レンタルから戻ってきたバイクを洗車するのも宮本さんの仕事。
いつでも綺麗なバイクを貸し出せるよう、丁寧に洗車する。
洗車が趣味じゃないとこの仕事はできないと宮本さん。

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“バイクは目的なくただ走っているだけでも楽しい。風を直接感じることができて、自然を大切にしようと思えてくる。解放感というのは車とは全然違いますね”

車とは違う景色、いつもとは違う視点で伊豆や周辺の自然を楽しむ。
スピードを出すわけでもなく、ゆっくりと安全運転で。
レンタルバイクという新しいスタイルで沼津を基点に旅をする。
天気のいい休日、新しいことに挑戦してみてはいかがだろうか?

≪レンタルバイク沼津駅前店≫
沼津市大手町5-4-21
TEL:055-963-8558
営業時間:10:00~19:00
定休日:毎週水曜日
    毎月 第2 第4 火曜日
http://www.rental819.com/area/shopinfo.php?tenpoid=05601&area=6

老舗を復活させた5代目の想い~Grandma~

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創業は明治34年、沼津御用邸にお菓子を納めていた名店として長く愛されていた旭園本店。
沼津市内で初めてカステラを販売した店ともいわれているが、今から15年前その長い歴史に幕を降ろし閉店した。その旭園本店が名前をグランマと変え、復活したのは昨年の10月。
開店時には復活を待ち望んだ多くのお客さんの長い行列が上土商店街にできた。

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“この場所ってケーキ屋としては致命的な立地条件で、駐車場もないし駅からも少し離れてるし、全然人が来てくれなかったらどうしようとか不安もありました”

そう語るのは旭園本店から数えて5代目となる店主の中川英俊さん。
子供の頃はパティシエになるのが嫌で寿司屋になりたかったそうだ。
それは年中無休で忙しく働く両親を見て育ったからだという。
幼かった中川さんの面倒を見てくれたのはお祖母さん、そんなお祖母さんへの想いもあってグランマという名前を付けたとのことだ。
神奈川や県内の洋菓子店で12~13年間の修業を積んだ中川さん。

“修行中は何度も逃げようと思っていました(笑)でも、両親が元気なうちに店を再開したかった。その想いだけです。それがなかったらとっくに辞めていました”

両親や祖母に対する想いがグランマを作り上げている。
それは自分を育ててくれた家族、そして沼津に対する感謝の気持ちである。

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“父親の代からひものサブレなどを作っていたんですが、目指すは沼津を発信できる和洋菓子屋なんです。沼津で生まれ育ったわけですから、沼津のものを県外に発信できるお店にしていきたいですね”

沼津の名物である干物の形をしたひものサブレは先代から親しまれていたもの。
また、地元のものを使いたいとグランマで使用するすべての塩を戸田の特産である戸田塩に変えた。
先日、戸田塩の会の会長の菰田さんがグランマを訪れた。

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菰田さんのお母さまは、旭園本店の常連客だった。
当時戸田村から沼津の街中に出た時は必ず旭園本店に寄りお土産を持って帰った。
そのお土産は菰田さんにとって、とても特別なものだったようだ。
そんな素敵な思い出を与えてくれた旭園本店が閉まった時はとても寂しかったそうだ。
時代は経てグランマとして復活し、その材料に自分たちが作った塩が使われる事になった。
“夢のようだ”と菰田さんは呟かれた。

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旭園本店の伝統を守りつつも地元の素材を使い新たな試みを模索する。
それは代々受け継がれていく店を守るという強い想い。そして、この地域への感謝の想いの現れだ。

お菓子というモノは、不思議な食べ物だ。
プレゼントされたお菓子のまわりには笑顔が溢れる。
グランマに買いに来る人は渡す人の事を考えているのか、ワクワクした表情をしている。
そして昔の楽しかった何気ない家族のイベントを思い出す方も多いようだ。

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代が変わっても旭園本店からのスピリッツも引き継がれ、
このお菓子は地域の人々を心豊かにさせてくれる。

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≪Grandma≫
沼津市上土町63
TEL:055-962-2588

古本のソムリエ~平松書店~

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昭和58年から店を構えておよそ30年、知る人ぞ知る沼津の古本屋、平松書店。
ご主人の平松久幸さんは古本屋を始めようと東京は神保町で6年間修行した。
古本屋で修業というと不思議と思われるかもしれないが、奥深い本の世界、広く知識を得るために修業は欠かせないと平松さんは言う。

“神保町は全国から本が集まるんです。仕入れのためにいろんなところに行きました”

日本中の本が集まる神保町で修業しなくては本を知ることはできないと平松さんは言う。
当時は休日も返上し、本を探したそうだ。そのすべてが経験となり現在の平松書店を作り上げている。

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一歩店内に入ると山積みにされた本に圧倒される。
どこに何があるのか探すのも苦労するが、そんなときは平松さんに聞けばいい。

“本のことは全部知らないといけないんです”

様々な分野の本があるなか、特に目を引くのは沼津や伊豆といった郷土史関連の本。
資料になるものはなんでも揃えているという。
井上靖や芹沢光治良など沼津ゆかりの作家の作品も多くある。
そのためか図書館や明治史料館からの注文もあるそうだ。
また、学校の先生やお寺の住職など勉強したいという人が自然と集まるようになったとのこと。
転勤などの理由で県外から来た人のためにも沼津がわかる本をそろえておかなくてはいけない、平松さんは使命のように語る。

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“地味な商売ですけど、地域社会のためにと思ってやっている部分もあるんですよ”

本が売れなくなっているという現在、欲しい本はネットでも探せるようになった。
それでも昔ながらのやり方で古本の販売を続ける平松さん。
どんな本が欲しいのか、何を知りたいのか相談してくれれば一緒に探してくれるという。
それはまるでソムリエのように。専門店だからできるサービスがそこにある。
調べていることがあればそれに合わせて仕入れをしてくれる。
欲しかった本、知りたかったコアな情報を平松さんと共に調べる。
たまにはそんなアナログな方法も面白いかもしれない。

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≪平松書店≫
沼津市大手町4-6-8
TEL:055-963-3963

街角で会話とコーヒーを~mota~

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新仲見世を通り過ぎてすぐ十字路の角に店を構えるmota。
店の外にはテーブルとイス、常連さん達が仲良くコーヒーや会話を楽しむその姿にどこか外国の街角のような佇まいを感じる。
店内に入るとオーガニック素材の洋服や静岡県東部や伊豆といった地域の作家の作品が目に飛び込む。意識的に地元の作家のものを置いているそうだ。

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motaの店主、加藤健一さんはこの商店街の出身。
7年前に店をオープンしたときから、友人や両親の知り合いまで自然と多くの人が集まった。
事実、この日も様々な人がお店を訪れていた。

“席も限られた小さいお店なので、お客さん同士が自然と仲良くなるんです”

自然発生的に人と人が繋がる。
それは加藤さんが当初から目指していたもの、この場所だからできることかもしれない。
加藤さんは高校卒業後、海外に行きたいとの想いでオーストラリアの牧場で働き始める。
その後、アメリカのサンフランシスコへと行くと日本料理店やスニーカー屋で働く。

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日本に戻りお店を開こうと思った時、決めたこと。

“まず自分が興味のあるものを扱おう”

motaを始める際に詰め込んだもの、それは中学生のころに好きだったスケーターの文化や本場サンフランシスコで直接触れた文化だった。
それが店の個性となり多くの人を引き寄せる下地になっている。
個人のお店がその街の文化レベルを知る材料となる。

“意地でもお店を続けないといけない(笑)”

沼津が好きで沼津の街の変化を見てきた加藤さん、人通りが減っていると言われる現在だからこそmotaの重要性は増す。
街角でコーヒーや会話を楽しむ光景。この光景がそのまま沼津の文化になる。

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若い人からお年寄りまで誰もが立ち寄れて仲良くなれる場所、沼津の街角に忽然と現れたメルティングポット。
メルティングポットとはさまざまな民族が集まり、文化的に溶け合っているアメリカの社会を形容して言う。
個性的なお店が集まることによって、いろいろな個性の人々が集まり、その多様性が魅力的な街になっていく。

自分が自分らしくいれる場所、それがmotaという店の本質だ。

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≪mota≫
沼津市町方町2
TEL:055-963-1123

お正月の街を楽しむ

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お正月の楽しみのひとつといえばショッピング。
その主役と言えばやはり福袋ということになるだろう。
何が入っているか分からないのも楽しみのうち。
新年の運試しとしても面白い。
そんな福袋を販売するお店を訪ねてみた。

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まず向かった先は上土商店街の洋服屋、C-three。
年明けは1月2日からの営業。
用意された福袋は3種類、どれも10,000円とのことだ。

次に向かったのは大手町のりぐる。
ちょうど福袋を作っているところをお邪魔した。
こちらはほにやのバックや衣類が詰まって、値段も10,000円から50,000円と選べるようになっている。
営業は1月3日から。

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駅前のイーラdeでは1月1日より各店舗で福袋があるそうだ。
http://www.e-ra-de.com/inedx_mainpic20140101/20140101mainpic.pdf

いずれにしても数量限定のため、早めの購入をお勧めする。
西武が無くなって初めてとなるお正月。
やはり沼津は商業の街、
福袋を探してお店めぐりをするのもいいだろう。

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≪C-three≫
沼津市上土町78
電話:055-952-6893

≪りぐる≫
沼津市大手町3-5-22 日専連ソニックビル1F
電話:055-962-0981
 

≪イーラde≫
静岡県沼津市大手町一丁目1番6号
http://www.e-ra-de.com/index.html